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緩和ケアのがん患者「家族のために生きた男の最後の選択」

 主治医・保田尚邦氏(伊勢崎市民病院・診療部長)は、勝博さんに「いっぽ」の受診を勧めた。「いっぽ」は、25年前、群馬・高崎市で緩和ケアの草分けとして開設された緩和ケア診療所だ。

「最終段階のがんは、完全に治すことはできない。でも本来、医療の役割は痛みや苦しみを取ることです。患者にとって大切なのは、命が延びることだけではなく、その人が楽しく、自分らしく生きることです。緩和ケアは諦めじゃない。“攻めの医療”です」(保田氏)

 2014年6月、勝博さんは妻と2人の娘と一緒に、「いっぽ」を訪れ、緩和ケアを受けることを決めた。

 自宅の庭で、梨や梅、キウイなどの手入れができるようになった。念願だった孫とのキャッチボールも実現して、働きづめだった勝博さんに家族との安息の日々が訪れた。

◆また歩けるようになった

 2015年1月、「いっぽ」のロビーで勝博さんが吐血。痙攣の発作が起きて意識不明となった。一緒にいた妻・和子さんは、自宅に連れて帰る決断をした。

 勝博さんは自宅でも2度吐血、苦しみから「眠らせてくれ」と訴えた。そのため、セデーション(鎮静処置)を実施、勝博さんは深い眠りについた。看護師の長女・文恵さんが、仕事を休んで寄り添う。

「仕事で亡くなる患者さんと接しているので、手足が真っ白になった父を見て、これで終わりかもしれないと覚悟を決めました」

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