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2017.09.22 11:00  週刊ポスト

緩和ケアのがん患者「家族のために生きた男の最後の選択」

◆穏やかな旅立ち

 2015年5月、明け方に勝博さんが吐血した。午前7時30分、萬田緑平医師(注)が森下宅を緊急訪問して診察。勝博さんは、脈が極めて弱くなっていたが、意識はあると確認する。

【注:萬田緑平医師は2017年、いっぽから独立して緩和ケア萬田診療所(前橋市)を開設】

 午後2時15分、「いっぽ」の福田元子看護師長が到着。血中酸素濃度を測定し、勝博さんと言葉を交わす。

「98%です、ちゃんと血液に酸素が運ばれてますよ」

 勝博さんは目を閉じたまま、頷いて応えた。

「うん、頑張ってるね」

 午後2時30分過ぎ、勝博さんが大量に吐血。福田師長と家族が連携して対応する中、勝博さんが「痛い、痛い」と訴える。

 午後3時2分、竹田果南医師の判断でセデーション(鎮静処置)実施。これによって、勝博さんの表情は穏やかになる。
 
 午後3時43分、妻・和子さんに手を握られながら、勝博さんは眠るように息を引き取った。

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