毀誉褒貶が相半ばする女性という印象が強いが、野村氏にとっては頼れる女房だった。
「世間からは『悪妻』と言われたけど、いなくなってわかることも多い。去年あたりから2人で死について話すようになっていて、『俺より先に逝くなよ』と諭した時に何の返事もしなかった。普通なら『そうだといいね』とか返しそうなものなのに。彼女は俺より年齢が3つ上だから、『私のほうが先』と思っていたのかもしれない」
この日、取材が行なわれたレストランは、野村氏が楽天の監督を退任した2010年以降、夫婦2人で毎日のように食事をしてきた思い出の場所だ。突然の別れが訪れたのも、いつもと同じこの席で食事を楽しんだ翌日の昼下がりだった。
「家のテーブルに女房が突っ伏していたから、背中をポンポンと叩いて『おい、大丈夫か』と声をかけると、いつものように強気な口調で『大丈夫よ』と返ってきた。それでも様子がおかしいから救急車を呼ぶと、そのまま意識を失ってあっけなく逝ってしまった。人間の一生はこんな簡単に終わるのかと思ったね」
長年連れ添った妻が、先に逝く──選手・監督として緻密なデータに基づいて実績を重ねてきた野村氏にとっても想定外のことだったという。
◆「電気をつけたまま家を出る」
妻がいなくなった広い邸宅に、野村氏はひとりで暮らす。敷地内に息子・克則氏の一家の住む建物もあるが、息子夫婦がいつも野村氏の側にいるわけではない。