大谷は半袖姿の温暖な気候で開幕を迎えたが、田中将大のいるヤンキースの本拠地開幕戦は雪で中止。氷点下の中西部で試合があったイチローは、「野球をやる天気ではない」と嘆いたように、広大な北米大陸は温度差と湿度に大いに悩まされる。特に湿度が低く、乾燥する土地は大谷の指先を微妙に苦しめる。すでにマウンドで見せる指先に息を吹きかける仕草が多くなるだろう。
五月上旬には、メジャー全球団で最も標高の高い場所にあるロッキーズの本拠地クアーズフィールドが待ち構えている。標高1マイル(約1600メートル)地点にあることから通称マイル・ハイと呼ばれ、気圧の低さから打球が飛ぶ投手泣かせの球場だ。大谷もこの時ばかりは、投手ではなく、打者で先発したいという程、バッターズパークと呼ばれるくらいの打者記録が生まれている(1996年ノーヒッターを唯一達成した野茂英雄は特筆ものだ)。
遠征先では食事面も心配のタネで、慣れが必要だ。多くの日本選手が日本食を好み、お店に頼み込んで夜の営業時間を延長したり、お弁当を作って貰ったり、人間関係作りは欠かせない。
ただこれまで60人以上も日本選手という先輩たちのおかげで、ある程度のレストラン情報が共有化さる時代になった。また、自分の好みに合わせて、日本食以外のカテゴリーを開発してきた先輩も多い。中華街はサンフランシスコやトロントなど、どこにでもあるし、野球選手の大好きな焼肉はコリアタウンで食べられる。イチローは、全米展開のイタリアンのピザにハマったし、松井秀喜氏はインド料理やエスニック料理を開拓し、食を楽しんでいた。
大谷は開幕してから、本拠地のゲームが多く組み込まれているスケジュールで、東海岸遠征は5月下旬までないのはラッキーで、アメリカの生活に慣れるための追い風にしたいところだ。
最大二週間の長期遠征で一番多い忘れ物が下着類だ。松井氏によれば、「宿泊数の計算間違いで足りなくなって遠征先で購入したことも何度かあった」という。
カギは、ホテルと球場の往復ばかりでなく、リフレッシュできる時間と空間を見つけることだろう。余裕が出てくれば、カンザスシティ遠征ならニグロリーグの野球殿堂に、そしてボルチモア遠征では、ベーブ・ルースのミュージアムという風に足を運んでもいいだろう。
大切なことは各地で心地よいルーティンワークをいかに整えられるか。メジャーリーガーの成功は、このような見えざる敵とも上手に付き合わなければ手にできないものだ。
【PROFILE】古内義明(ふるうち・よしあき)/1995年の野茂英雄以降、これまで二千試合を取材。著書に、『メジャーの流儀~イチローのヒット1本が615万円もする理由』(大和書房)など、14冊のメジャー書籍を執筆。(株)マスターズスポーツマネジメント代表取締役、立教大学では、「スポーツビジネス論~メジャーの1兆円ビジネス」の教鞭を執る。