「ああ、すっかりガンマのことばっかり話しちゃった。やだなあ。すみません」
「いえいえ。いいじゃないですか、流行りのおっさんぽくて」
私が何の気なしにそういうと、件のガンマ編集者の表情が強張った。
「甘糟さん、僕は確かにおっさんですけれど、正面切っていわれると、いい気持ちはしませんね」
あー、やっちまったあぁ!
五十代の男性に向かって、無意識に「おっさん」といってしまったのだ。
自分を「おばさん」といったり「BBA」と書いたりすることはある。中年の女だということをストレートに伝えたい時やウケ狙いの自虐の時などだ。でも、だが、しかし。他人にいわれると、もちろんカチンとくる。文句もいう。例外は同世代の親しい女友達だけである。
私は文章を書いて発信する仕事をしているから、自分に対してだけでなく、すべての女性に対しての偏見やお仕着せや嫌がらせには敏感でいようと務めているつもりだ。
それなのに、そっくりそのまま普段私が目を光らせているはずの行為を「おっさん」に対して行ってしまった。悪気はなかった、などといいわけをしたら、どこかの国のセクハラおじさんと同じである。ああ、自己嫌悪。
件のガンマ編集者に対して、からかいの気持ちがゼロではなかったのは事実。でも、からかわれた側がこちらと同じように笑いで受け止めるとは限らない。
話は飛躍するけれど、どんなにすばらしいアートであれ作品であれ表現であれ、それが誰かの苦痛の上に成り立つものであってはならない。表現だの芸術だのよりも、個人が自由に健全に生きていくことの方が優先されるべきなのだ。
ところで、ガンマ編集者という呼び名はハラスメントではないですよね?