松成:ありがとうございます。最初は “えっ、本当にそんな話があったの?”と思ったのです。ところが門田さんの『奇跡の歌』や、成岡正久さんの自伝を読みましたら、人間とヒョウが稀な出会いをして、お互いの一途な愛と人間の優しさのなかでハチが育っていったことに本当に驚きました。これは絶対にいい絵本になると思い、絵を描く前からやる気満々になっていたんです(笑)。
門田:ところが、ハチの取材に入る前、ヒョウは猛獣ですから人間に飼われることなど想像できませんでした。サーカスでもライオンやトラはムチで調教できてもヒョウの姿はみたことがありませんからね。『豹変する』の言葉通り、ヒョウは飼いならすことができないほどの猛獣なはずだからです。
ところがハチはまるでぬいぐるみのように可愛いくて(笑)。成岡さんの腕枕でいびきをかいて寝たり、プロレスごっこや自分の尻尾まで掴まれているのに動じないハチの話を知って、“これ、ほんまにヒョウなのか?”とこれまでのヒョウへのイメージを覆すことばかりで驚きました。世話役の兵隊の話は、“そりゃ、可愛らしいで。赤ん坊のときはここ(軍服の胸元)に入れて育てたがよ”と口移しで食料をあげていたことを聞かされて、その姿はまさに親鳥と雛の関係に思えました。ハチは自分がヒョウではなく“ぼくも人間だ”だと思っていたんでしょう。しかも兵隊たちに囲まれて育った環境でしたから軍服姿を見ると甘えてしまうのも人間を自分の兄弟や家族という認識を持っていたのでしょう。
松成:人間の寵愛を受けていたハチは人懐こく、心優しいヒョウだったのでしょうね。もしもハチが私にすり寄ってきたとしても、獰猛なヒョウだからとハチを怖がらず、きっと抱きしめていたと思います。動物好きのムツゴロウさんみたいにハチを舐めることはできませんけれど(笑)。
門田:ハチは軍服に囲まれて育った環境だからか、軍服に対する愛情は格別だったそうです。今上陛下が皇太子殿下時代の学習院初等科二年生のとき、上野動物園に移送されたハチと出会います。檻のそばに立たれた皇太子殿下の元へハチがタッタッタと駆け寄り、檻に顔をなすりつけたというのです。その光景を取材していた報道陣は驚き、“おお、高貴な方にはわかるんだ”と声を挙げたそうです。
松成:すごい!、ハチが皇太子殿下の元へ駆け寄ったというのですか。
門田:いやいや、本当は皇太子殿下の隣にいた当時の東京市長の軍服姿に気づいたハチは軍服に囲まれて育っていましたから、自分の兄弟であり、家族の服装だと思い、喜んで近寄ったのでしょう。それを報道陣らは勘違いしたわけです(笑)。
松成:ハチは軍服の色や形、そして匂いを嗅いで安心したのでしょうか。きっと自分の家族が迎えにきてくれたんだと思ったのかもしれませんね。
◆戦争を知らない子どもたちの「平和の教材」となる
松成:毎年八月一五日の終戦記念日を迎え、戦争体験の方たちや戦争の語り部が年々少なくなってきていることを知ります。そのたび、この先、戦争を知らずに育ってきた子どもたちにどのように伝えることができるのかと考えることが多くなりました。
私は、絵を描く前に、高知で大切に保管されているハチのはく製に会いに行きました。初めて会ったハチを見ていますと、首のところに火傷の跡があって、ああ、本当にハチなんだなと。かつて中国で成岡さんと一緒に写っていたハチの写真から想像できないほど、痩せ細っていた姿に驚きました。そして、戦時下でこんなにも痩せてしまったのかと悲しくなってしまいました。