『これが最後の手紙だと思いますと、とても残念です』と追悼の手紙を書く生徒たちもあまりにも急な事態に、驚きを隠せなかった。
直接会うことはかなわなかったが、由起子さんは今年2月、松山を訪ね、夫に代わり生徒たちと対面を果たした。
「生徒の皆さんからの質問に答えたり、早坂が好きだった金子みすゞさんの詩『蜂と神さま』の話をしたりと、素敵な時間でした。ここ北条はとても夕陽がきれいなところだけれど、このきれいな夕陽や、今ある環境を当たり前と思ってはいけない、一日一日を大切に生きていってほしいと伝えました」(由起子さん)
北条北中学の渡部真美子さん(14才)は、早坂さんの言葉が将来を照らす光になった。
「中学生になってから、命って何だろうとか、生きるとはどういうことなのか、とかモヤモヤして悩むようになりました。考えすぎるあまり、時には死にたいとすら思うこともあった。でも『人は人と結びあい、触れ合わなくては生きていけない生き物です』という言葉が心に突き刺さって、モヤモヤが晴れた。これまでは将来のことなんて考えたこともなかったけれど、今では早坂さんのように、人の心に残るような文章を書く仕事をしたいと思っています」
『あなたたちに伝えたいこと』
早坂暁
あなたたちは、自分がどのようにして生まれてきたと思いますか?もちろん、お父さんとお母さんがいないと生まれてきません。
いや、うちはお母さんだけだよ、お父さんだけなんだ、という人もいるかもしれません。
でもあなたたちがお母さんのおなかに宿ったときは、一人ではなかったはずです。
お父さん、お母さんにはその両親がいて、それはあなたたちのおじいさんやおばあさんだけど、そのまたおじいさん、おばあさん…。
その数は五代前までさかのぼると、単純計算で約六十人、十代前だと何と約二千人になります。
その一人でも欠けたら、今あなたたちはここに存在していません。
つまり、あなたたちが生まれたのには、大きな大きな意味があるのです。
あなたたちは、誰もがすべて、かけがえのないひとりひとりなのです。
そして、あなたたちは、自分の名前について聞いたことがありますか?
自分の名前にどういう意味があるのか、どういう気持で名付けられたのかを知るのは、とても大切なことです。もし、まだ知らない人がいたら、今日帰っておうちで聞いてみて下さい。
ちなみに僕の名前(富田祥資=よしすけ)は、四国遍路をしていたお坊さんに付けて貰いました。
僕(早坂)は、生まれたときにとても体が弱く、お医者さんから十才までは生きられないだろうと言われました。