ほぼ同時期に渋谷の百軒店に実在した伝説的なジャズ喫茶「ありんこ」にたむろしていた若者たちを描いた自伝的青春小説が俳優、歌手として知られる荒木一郎の『ありんこアフター・ダーク』【6】。ちなみに、渋谷が若者文化の中心になったのは1973年にパルコがオープンして以降で、その前の中心、新宿が男の街だったのに対し、渋谷は女の子の街。1950年代から1960年代半ばまで渋谷には安藤組の本拠があり、恐れられていたのだが。渋谷以後、今に至るまで若者文化の中心はすべて女の子の街だ。
最後に拙著『東京時間旅行』【7】を取り上げさせていただきたい。25年間書きためた東京に関するエッセーをまとめたもので、具体的なエピソードを通して東京の150年の変遷を感じていただけると思う。
東京五輪後の景気浮揚策として、政権は容積率を緩和し、東京の再開発を促すはずだ。木造賃貸住宅が多く残る環七と山手通りの間の「木賃ベルト」にもタワーマンションが建ち、貧困層は弾き出される。富裕層と貧困層の二極分化は一層進み、東京は格差都市となる。ここで取り上げた作品の中の東京は、ますます遠い記憶の彼方に追いやられる。
【1】『東京の三十年』田山花袋 1917年(大正6年)岩波文庫、本体740円+税
【2】『日和下駄』永井荷風 1915年(大正4年)講談社文芸文庫、本体1100円+税
【3】『放浪記』林芙美子 1930年(昭和5年)岩波文庫、本体960円+税
【4】『石版東京図絵』永井龍男 1967年(昭和42年)中公文庫、中古価格
【5】『新宿海溝』野坂昭如 1979年(昭和54年)文春文庫、中古価格
【6】『ありんこアフター・ダーク』荒木一郎 1984年(昭和59年)小学館文庫、本体690円+税
【7】『東京時間旅行』鹿島茂 2017年(平成29年)作品社、本体1800円+税
※書籍データ中の刊行年は最初の単行本のもの。出版社と価格は現在入手できるおもな版のもの。
●かしま・しげる/1949年神奈川県生まれ。明治大学国際日本学部教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。サントリー学芸賞、講談社エッセイ賞、ゲスナー賞、読売文学賞、毎日書評賞など受賞多数。『神田神保町書肆街考』(筑摩書房)、『パリ時間旅行』(中公文庫)など著書多数。
※SAPIO2018年9・10月号