本書では冒頭の山田氏に始まって、よく安井たちと麻布キャンティ等に集った大宅映子氏や歴代の編集者。三者三様に母を語る娘たちや、森が眠る与論島でカフェを営む夫アイヴァン・ブラッキン氏。一家の素顔を知る秘書の本田緑氏や、女性誌等々で噂にもなった近藤正臣氏、今は亡き亀海氏との仲を知る友人たちなど、取材対象は数十名に上る。
さらに『夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場』執筆に際して森のカウンセリングを行なった河野貴代美氏や、遺産配分を託された税理士まで、著者は時に守秘義務寸前まで踏み込んでもいる。
「アイヴァンさんの望み通りカナダの島を買ったものの、維持費が大変だとか、森さんは私生活のあれこれを書いています。だから世間は、彼女が夫の事業を助けるために仕事を増やしていたことまで知っていた。
稼ぎのいい妻と夫がどう折り合うかはカップル共通の命題ですが、むしろ彼女は安定を自ら壊しつつ突っ走ったふしがある。特に後半は瘡蓋を掻き毟り、喉に指を突っ込んででも書くべきテーマを吐き出した。それでも書き続けるのが唯一の欲望だったんだろうなと」
森自身が書いている。〈既成事実に題材を求めるというより、題材のために事実を作っていくというように逆転していきました〉。
そしてその欲望の形から島崎氏は目を背けず、〈彼女の三十八歳からの人生は物語を紡ぐことがすべてに最優先された。そのために社交があり、生活さえあって、作家は生身をさらしながら夫や家族を傷つけることも厭わず、書き続ける〉と書く。