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『ドキュメンタル』考 松本人志理論から離れるほど強さ際立つ

松本人志の影響が見えない優勝者(イラスト/ヨシムラヒロム)

松本人志の影響が見えない優勝者(イラスト/ヨシムラヒロム)

 1990年代以降、お笑いはブームを通り越し、一般人の会話にも組み込まれる言語ゲームとなった。日本で暮らす人ならば、松本人志による「お笑いIQ」論や、関西の芸人に浸透している笑いの論理に大なり小なり影響を受けているだろう。少年期にそれらのお笑いをたっぷり浴びて育ったイラストレーターでコラムニストのヨシムラヒロム氏ももちろん、松本を中心としたお笑い論の影響を色濃く受けてきた。シーズン7に至って、その理屈におさまらない面白さを見せるAmazonプライム・ビデオ『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』という笑わせ合いの神髄について、ヨシムラ氏が考えた。

 * * *
 4月26日、Amazonプライム・ビデオで『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』シーズン7が配信された。自腹の参加費100万円を握りしめた10人の芸人がエントリー、密室で6時間の笑わせ合いに興じる。3回笑えば脱落、最後まで生き残った芸人が優勝賞金1100万円を獲得する。“ルールがない状態で誰が最も面白いのか?”そんな視聴者の要望に応えた『ドキュメンタル』の反響は大きく、新作が配信されるごとに世間を賑わせている。

 毎シーズン異なる芸人が出演する『ドキュメンタル』。今回は宮迫博之(雨上がり決死隊)、たむらけんじ、ハリウッドザコシショウ、小籔千豊、後藤輝基(フットボールアワー)、ハチミツ二郎(東京ダイナマイト)、加藤歩(ザブングル)、ノブ(千鳥)、みちお(トム・ブラウン)、せいや(霜降り明星)と人気者が集った。なかでも特筆すべきはシーズン5の優勝者、ハリウッドザコシショウが再び参加したことだろう。

 過去、複数回出演している芸人はFUJIWARAの藤本敏史(4回)、ジミー大西(4回)を筆頭に数名いるがチャンピオンの凱旋は初。優勝時、最も笑わせて、最も笑わなかったハリウッドザコシショウをいかに倒すのか!? シーズン7は、「打倒、前王者」をキーワードに物語が進行していった。

 そして、今回をもって笑いの密室劇『ドキュメンタル』のフォーマットが完成したようにも思えた。シーズン毎に足されたルールが機能し、芸人も『ドキュメンタル』といったゲームに慣れた感がある。贅沢な面々による攻防戦で常時誰かの顔が歪んでいた。笑っているのか、怒っているのか、苦しんでいるのか、どれともつかない笑いを我慢する破顔。この未分化な表情に『ドキュメンタル』が詰まっている。

 今でこそ笑いが続く『ドキュメンタル』だが、当初はムードが異なっていた。それこそシーズン1は、番組よりも実験といった意味合いが強かった。誰もやったことがないゲームに挑む芸人の戸惑いとプレッシャー、そして、なによりも「松本さんが見ている……」といった緊迫感。良くも悪くも視聴者に現場の殺伐とした空気感が伝播するマニアックな内容だった。

 そんなシーズン1よりも更に試行錯誤をしていたのが幻のシーズン0だろう。『ドキュメンタル』1周年を記念し配信された『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル Documentary of Documental』で観られる『ドキュメンタル』のパイロット版である。

 シーズン0における最大の特徴は、ルールのシンプルさ。“2回笑った人が退場する”、たったこれだけ。時間も無制限、今では許されている道具の持ち込みも禁止されていた。本当の意味で、身一つで笑いをとるゲームだったと言える。今では人気芸人の会員制クラブと化しているが、当時は違った。参加者のなかには一般的には名前を知られていない芸人も、そして元プロ野球選手の板東英二が名を連ねていた。パイロット版ということを加味しても、自力で笑いを生み出すタイプではない芸人がいたことが特徴的。結果、シーズン0のバトルは非常に重いものとなっていた。笑わせることをしない芸人がいるため、沈黙している時間が長い。時折、笑いは起こるものの開始8時間を過ぎた頃には場が完全に停止。膠着状態があまりにも続くため、業を煮やした松本がプレイルームに入室し、話を回すといった展開に……。

 シーズン0を観る限り、松本はたぶん、もっと簡単に芸人は笑うと考えていた。トリッキーな板東の登板は、そんな余裕に由来するものだろう。しかし、シーズン0で表出したのは玄人が玄人を笑わせることの難しさだった。

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