私が病床を訪れたときには、すでに小島さんは自力でライフサークルへの登録を済ませていた。
ライフサークルはエリカ・プライシックという女性医師が2011年に設立したスイスの自殺幇助団体で、年間約80人の自殺幇助が行なわれている。自殺幇助とは「医師から与えられた致死薬で、患者自身が命を絶つ行為」で、安楽死の一つである(医師自身が致死薬を投与する「積極的安楽死」と呼ばれる方法もある)。自殺幇助を法的に認めている国はほかにもあるが、外国人にも適用されるのはスイスだけである。会員は世界中に1660人いて、うち、日本人は17人(2019年4月時点)。ただし、日本人が同団体で自殺幇助を受けた例はそれまで1件もなかった。
しかし、ライフサークルに登録したからといって、すぐに自殺幇助を受けられるわけではない。団体から患者として承認されるために、「医師の診断書」と「自殺幇助を希望する動機書」を英・仏・独・伊いずれかの言語で送り、審査を受ける必要がある。
審査の基準は次の4つ。
1、耐えがたい苦痛がある。
2、回復の見込みがない。
3、代替治療がない。
4、本人の明確な意思がある。
小島さんの場合、基準を満たしていると考えられたが、手続きの過程で、送ったはずのメールが届いていない、送金した登録料が入金されていないなど、さまざまなトラブルが起きた。