白酒の後半は、首謀者二人に協力できるのが与太郎とおタネ婆さんだけで、「障子に髪がサラサラサラ」を誤解した与太郎が皿を投げまくり、幽霊役の婆さんが緑の黒髪の代わりに岩海苔を付けて「開けとくれ~」と叫ぶ。驚いて逃げた職人を見て婆さんが「尻腰のない人だね」と言うと杢兵衛が「え、引っ越さない? また失敗だ」でサゲ。元の「尻腰」を残してるのが白酒らしい。
兼好は「雨がシトシト」「髪がサラサラ」の担当が道具を忘れて「シトシトシト」「サラサラサラ」と口で言う。鐘や鉦は鳴りまくり、襖は忙しく開いたり閉まったり。そして汚い婆さんがブラ下がってるという異常事態。職人が逃げ出していくと「何の騒ぎだ」と大家が現われ、慌てて撤収……この後とんでもないオチが待っているのだが、ネタバレになるので書かずにおこう。
白酒も兼好も後半の幽霊騒ぎを完全なドタバタにして、その「ワケのわからなさ」が却って怖いという演出。第三者である観客は爆笑するが、確かに当事者は怖いだろう。
ちなみに立川談志もサゲを変えて後半を演じた。幽霊騒ぎで逃げ出した職人が大家のところに駆け込むと「誰だお前は?」と言われ、「家賃がタダだって聞いて越してきたんだ」と答えるので、大家が「家賃がタダ? なら俺が住んでやる」でサゲ。山本益博氏のアイディアだという。
●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。
※週刊ポスト2019年9月20・27日号