◆「噂話ばっかし、噂話ばっかし」
集落で“盗人の息子”だと囁かれていた保見は、中学までこの地で育ち、卒業後に上京。左官として働いていたが、40代の頃、両親の面倒を見るためにUターンしてきた。その時に自力で建てた新宅には、カラオケやバーカウンターなどが作られていた。ここで保見は村おこしの意味も込めて『シルバーハウスHOMI』という便利屋をやろうとしていたのだ。
だが、便利屋は軌道にのらず、開店休業状態に。村に馴染めず、次第に集落のもやい仕事にも参加しなくなり、回覧板を受け取ることもなくなった。両親が亡くなったあとは完全に孤立し、あらゆる噂が蔓延するなか、ネガティブな思い込みをさらに深め、事件は起こった。
「噂話ばっかし、噂話ばっかし。田舎には娯楽はないんだ、田舎には娯楽はないんだ。ただ悪口しかない」
事件後に山中から発見されたICレコーダーにこう吹き込んでいた保見は、広島拘置所で接見した私に、「村人に犬猫を殺された」といった噂話を繰り返し語った。
事実として保見が5人を殺したことは間違いない。しかし、噂が5人を殺したのか? この問いに対する答えは裁判では結局示されなかった。最高裁では『妄想性障害』という単語すら出てこない。いわば司法は動機を確立することを避けたのだ。
誰が殺したのかではなく、なぜ事件が起きたのかを知るためには、噂そのものを主人公にするしかない。
【PROFILE】たかはし・ゆき/1974年生まれ。福岡県出身。女性による裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」としてさまざまな裁判傍聴記を発表、その後フリーライターに。主な著書に『木嶋香苗 危険な愛の奥義』『暴走老人・犯罪劇場』など。
※週刊ポスト2019年11月1日号