君野さんは上京して、あんなに嫌がっていたビデオレンタル店のアルバイトをしながら求職活動を続けた。未経験の君野さんは出版社の非正規やアルバイト、編プロに絞って受け続けた。そこで入社できたのが件の編プロである。
「大手出版社の歴史系の分冊本とか手掛ける編プロでした。歴史好き、本好きの私にぴったりの仕事だと思ったんですが…」
未経験の君野さんだから仕方のない話だが、編集者の仕事をよくわかっていなかった。編集者が原稿を書くことはあるしエンタメやサブカルなどは嫌でも書かされる場合もあるが、徹底してまとめ役としての編集者の仕事に徹する出版社、編プロもある。君野さんが入った会社は後者だった。ところが君野さんは小説で挫折したと口では言いながら諦めきれないのか、作家のように書きたかったという。
「ひたすらDTPで割付して、ライターのテキストを流し込んでの地味な作業なんですよね。奥付に編プロの社名は載っても私の名前は載りません。それ以上に驚いたのが労働時間、自分の時間なんてまったくない。連日の徹夜で給料は手取り15万、これじゃビデオレンタル店のバイトと変わらないどころか、時給計算したら半分以下ですよ」
筆者は知り合った当時も新人なのにこのような姿勢の君野さんを不快に思ったが、まあ君野さんはこの業界に向いていなかったということだ。労働条件の問題はともかく、地味な仕事も編集者の大事な仕事である。君野さんはあまりにプライドが高く、そのプライドで損をしていることに気づいていない。もし母子家庭の貧しい家に生まれてなかったら、就職氷河期に苛まれなければ、もう少し余裕のある大人になったかもしれないが、どうだろうか。
「結局地元に戻りました。母親は喜んでくれましたが、仕事を探すことになりました」
そこで君野さんの目に止まった求人が、市立図書館の嘱託司書の募集だった。大学時代、本が好きだからと司書の資格を取っていた君野さんは飛びついた。
「母校の国公立は地元受けがいいんで、すぐ採用されました。時給も悪くないし残業もほとんどない。仕事も勤め先も聞こえは悪くないですからね」