今ではゲームの登場キャラクターにボイス(声)がついていることは珍しくないが、1990年代前半までは、家庭用ゲーム機はもちろんパソコン用ゲームも、キャラクターが喋る言葉は文字で表示されるのみだった。恋愛シミュレーションゲーム『ときめきメモリアル』シリーズ(1995年~)が大ヒットして社会現象と呼ばれ、女性キャラクターを演じた女性声優たちも人気を集めるほどになって以降、ゲーム機本体の性能向上もあり、喋るゲームキャラクターが当たり前になった。そして、声優の仕事のひとつにゲームが加わった。

 ゲームと声優の世界が近くなったことで、オタクなAさんにとってゲーム会社で働くことは、またとない仕事になったわけだ。裏方のプログラマだったはずが、小さい会社なので声優の起用も担当する。要は人気声優に会えるどころか、一緒に仕事ができる。

「興奮しましたね。人気声優をよりどりみどり選べるんですから、むっちゃ自分の好みで選びました。あの美少女キャラの中の人、女性声優が目の前にいて、「Aさんってばー」なんて会話してくれるわけです。打ち上げでも女性声優に囲まれて、夢のようでした。正直なところ、小さな雑居ビルでゲームのプログラムを打ち込んでいただけの自分が、急にオタクギョーカイ人みたいになって、それにめちゃくちゃかわいいんですよ!」

 筆者も長くそういった仕事をしていたのでわかりすぎるほどわかる。苦笑する他なかったが、当然すべては「仕事」であり、彼女たちからすれば「営業」である。しかし当時も現在も彼女いない歴=年齢のAさんには刺激が強すぎたようだ。

「なんとか声優と結婚しようと思ったんです。親も結婚しろ、孫の顔を見せろとうるさかったし」

 Aさんはことあるごとに女性声優を起用しては個人的につきあおうと画策したそうだ。もちろん自身の見た目がイケてないこと、ルッキズムの底辺にいることは自覚しているが、オタク話で話が弾むし、相手の声優も嬉しそうに話してくれる。ましてや仕事のイニシアチブは自分にあるというところが、いつもは奥手なはずのAさんの自信たっぷりに、悪い言い方をすれば傲慢にさせた。

 オフに二人で会おうとしたり、呑みに連れて行こうとしたりの行為は、やがて声優の所属事務所から警戒され、「あのひとを外してください」と言われたり、中には「もう御社の仕事は無理」と言われることもあったとか。とくにAさんがご執心だった某女性声優は、Aさんの絡んだゲームでは必ず起用し、デートもしたことがあるという。だが事務所から猛烈な抗議を受け、声優自身も「断りきれなかった」と泣きながら訴えたことでAさんはついに、その仕事から外された。翌年、社員として契約は更新しないと告げられ、会社を去ることになった。

「あの女はいまでも許せません。彼女も盛り上がってましたよ。春日部の私の部屋も見たいというくらい。彼女もオタクでしたから」

 ほどなくその女性声優も引退。

「私が起用していたから仕事もあったのに。消えてざまあみろですよ」

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