その後、松竹からプロデューサー3人が来ましたけど、彼らからは何にも言わないんです。そのうちのひとりは以前会ったとき、「黒澤明と山田洋次は日本を代表する監督だ」と言うんで、「冗談じゃない」と思いました。黒澤さんとは僕も親交があったけど、山田さんとは格が違います。そんなことを平然と言うプロデューサーがいるとは、山田監督は松竹でどんなエラい立場なんでしょうか。
僕の名前が初めて公表されたのは、公開直前の12月19日に行われた完成披露試写会での記者質問からですよ。それは前の週に僕が抗議の手紙を山田さんへ送った後なんだからね。叱られたからお義理程度に言うって、ズルいですよ。子供じゃないんだから(苦笑)。
芸術作品の根本はアイディアとコンセプトに尽きます。それが理解できない山田さんは芸術家ではありません。そんな彼と出逢ってしまった僕の今は、まさに「ヨコオはつらいよ」という感じかな。
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横尾氏の憤りに対してどう返答するのか。山田監督へコメントを求めたところ、多忙を理由に松竹映画宣伝部が回答した。
「オールラッシュ(ゼロ号試写)に特別に来ていただいたのも、進行状況の報告のつもりだった。もし横尾さんがご不満だとすれば、監督は本当に申し訳ないと思っているが、一方で聞いていただければ何でもお話しできたと戸惑っています。
新作の発想が横尾さんから出ていることはもちろんですが、横尾さんがイメージされたような実験的な映画ではなくなってしまったので、横尾さんのお名前を出すのは失礼だと監督は思っていた。でもこれからは喜んで名前を出していくつもりです」
この回答を横尾氏に伝えると、「進行状況の報告などまったく受けていない。人間不信に陥ってしまいますよ」と憤った。
世界を代表する美術家の真の願いは、国民的映画監督に伝わったのだろうか。
◆取材・構成/岸川真
※週刊ポスト2020年1月17・24日号