競馬初体験のころを思い出す。同じ時期、3月の中山だった。空の広さに瞠目した。そして入試などの試験会場と同じ空気を感じた。これだけ多くの人が同じ目的(馬券を当てて儲ける!)でパドックやレースに目を注ぐ。その連帯性と真剣味とが独特の雰囲気を作っている。そこに身を置くと背筋が伸びるようで、競馬場に通うことになったのだった。
無観客とはいえ場内アナウンスは通常どおり。直線、ゴール板に馬群が迫ってくる。いつもならばファンの怒号が飛び交うシーンだが、蹄の音がやけにはっきりと聞こえる。
私は首を横に振った。情況に流されず、スタンスを変えず。今こそまさに「塞翁が馬」である。
競馬場に通って馬券を買う。馬券を握りしめてレースを観る。的中して払い戻しの列に並ぶときの幸福感を思い描きつつ。馬券は買えないけど、競馬をしっかり見るのだ。
しばらく、意地を通して窮屈さを味わってやれ。そのうちきっといいことがあるさ。
●すどう・やすたか 1999年、小説新潮長編新人賞を受賞して作家デビュー。調教助手を主人公にした『リボンステークス』の他、アメリカンフットボール、相撲、マラソンなど主にスポーツ小説を中心に発表してきた。「JRA重賞年鑑」にも毎年執筆。
※週刊ポスト2020年3月20日号