◆安倍一族と自動車産業の裏面史
昨年11月、安倍晋三首相の在任期間が憲政史上過去最長となった。歴史を遡ると、2位が桂太郎、3位が佐藤栄作、4位が伊藤博文。安倍晋三を含めてみな長州(山口)出身だ。3位の佐藤栄作は、安倍の大叔父でもある。
大腸の病で失意の下、在任わずか1年で第一次政権を放棄した安倍晋三は2012年に奇跡的に復活、第二次政権をスタートさせて以来、8年近い長期政権を維持している。その理由は大きく4つある。
野党に全く力がないこと(敵がいない)、メディア対策がしたたかなこと(情報統制)、官邸を裏切らない仲間内で固めてきたこと(側近の重用)、自民党内に自分にとって代わる、あるいは代ろうとする人材がいないこと(人材の枯渇)、だ。
野党に力がないことは誰の目にも明らかだろうが、情報統制や側近の重用の実態は、官邸担当の新聞記者など以外には、じつはあまり知られていない。
情報統制とは、自分に苦言を呈する人間を排除し、自分の意見をそのまま垂れ流してくれる「御用メディア」と積極的に付き合い、ご褒美のネタ(情報)を与える、ということだ。
そして一次政権崩壊後も裏切らずに付き従った官僚や政治家、たとえば一緒に山登りをしたような人物が側近として重用される。そうした人物は、永田町や霞が関では「官邸側用人」と揶揄されようが、彼らの関心は、国民というよりも、いかに総理の寵愛を受けるかに注がれている。いや、最近の官邸周辺から漏れ聞こえるところによると、むしろ、東大出のエリート側用人が、お坊ちゃん育ちでお追従に弱い安倍首相を神輿に乗せて、やりたい放題しているとみたほうがいいのかもしれない。
安倍政治のファンは増えた。「美しい日本」といった独特の「愛国思想」に分厚い支持層がいることは事実だ。とくに世界で中国が存在感を増すと、地政学的に中国と近い日本では「中国脅威論」が根付き始めたことなどにより、社会全体が右傾化してきた。そこに安倍首相の掲げる保守概念がうまくハマった構図と言えよう。
安倍の身体に流れる「血筋」の良さが、「美しい日本」「強い日本」を求める保守層にはたまらない存在に映るのだろう。長期政権をささえる5つ目の理由として「血筋」が入るのかもしれない。
祖父は「昭和の妖怪」こと岸信介。その長女、洋子が安倍晋太郎(元外相)に嫁ぎ、3人の男子を産んだ。次男が晋三である。安倍首相は祖父の岸を尊敬していると言われる。
岸は戦前の商工省(現・経済産業省)で「革新官僚」として台頭した。1935年、同省工務局長として、軍事物資として重要な自動車の製造から外資を締め出す「自動車製造事業法」を制定。その翌年には、満州に移り、同国総務庁次長に就いた。
関東軍は、満鉄(南満州鉄道)線路を爆破する謀略工作で戦端を開き(満州事変)、1932年に清朝の皇帝・溥儀を迎え入れて満州国を建国していた。その満州を支配したのは、岸信介に加え、満鉄総裁の松岡洋右、関東軍参謀長の東條英機、同国総務長官の星野直樹、日産自動車の創業者で持ち株会社を満州に移転させた鮎川義介の5人だと言われる。
彼らは、その名前をとって満州の「2キ3スケ」と呼ばれた。敗戦により、この5人は全員戦犯として逮捕されるものの、岸は復活して首相の座を射止め、強固な日米安全保障体制を築いた。岸の盟友だった鮎川義介は復活して岸内閣では経済最高顧問に就いた。鮎川も長州出身で、大叔父は明治新政府で大蔵卿を務めた井上馨。長州つながりが岸と鮎川を結び付けた。
岸は自動車産業、とくに日産との関係が深かったわけだが、それが孫の安倍晋三の代に因縁のごとく巡り巡ってくる。2018年11月19日に逮捕された日産会長(当時)のカルロス・ゴーン事件の構造は、日産とルノーとの経営統合を目論む外国人経営者を排除した国家と日産が結託した一種の「クーデター」のようにも見えた。歴史は繰り返すのかもしれない。