◆安倍晋三とそっくり
満州に拠点を築いた長州人、鮎川義介の妻の美代と、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎の妻、二十子はいとこ同士だったことは、世間ではほとんど知られていない。二十子の父は百貨店、高島屋の社長、飯田新七。美代の父は、新七の弟で高島屋専務の藤二郎だった。喜一郎の直系三代目に当たるのが、現社長の豊田章男である。
このトヨタ自動車の、これまで表沙汰になったことがない内幕を小説に仮託して描いたのではないかと世間を騒がせているのが拙著『トヨトミの野望』とその続編の『トヨトミの逆襲』である。トヨタはもちろん、これまで取材してきたいくつかの日本企業をモデルにして小説で描こうとしたテーマは、超グローバル企業における「サラリーマンと創業家のありかた」であった。小説の主人公は、トヨトミ自動車創業家の三代目で、同社社長の豊臣統一という人物である。
この豊臣統一の人柄、組織の動かし方、マスコミ対策が安倍晋三とそっくりなのだ。執筆した本人がこう言うのもおかしな話だが、コロナ政策、検事総長人事をめぐる不祥事や河井夫妻逮捕など一連のごたごたを見ていたらハタと気がつき思わず笑ってしまった。
そもそも経歴が似ている。安倍晋三の祖父、岸信介が偉大な政治家であり、安倍は三代目の政治家である。統一も祖父が自動車事業を起こした初代社長で、創業家の三代目だ。
統一も、安倍晋三と同じように、情報統制と側近の重用で社内外を固め、自分に反論する者は、役員だろうが課長だろうが徹底して排除してきた。この結果、社内はイエスマンだらけとなった。えてしてこういう組織は、危機の際には、ぽきっと折れやすくなるものだが、トヨトミを取り巻く競合企業がそれ以上にひどい状況にあるため、危機が顕在化しない。野党の力が弱い安倍政権と同じ状況にあるのだ。
トヨトミ自動車は、創業以来、苦難の連続だった。初代の豊臣勝一郎は戦後の混乱期に倒産の危機に追い込まれるが、会社を守り抜き、先代の苦労を知る息子の新太郎は、手堅く経営を盤石にする。
しかし、やがて大企業病に陥り創業以来の危機を迎える。会長に退いた新太郎が、起死回生のため起用したのが、剛腕のサラリーマン社長・武田剛平。武田がグローバル化を進めて、会社を立て直し、トヨトミ自動車は「世界のトヨトミ」と言われるようになった。
その武田が、次に着手しようとしたのが、創業家が暗黙のうちに経営トップを世襲するという前近代性の改革だった。持ち株会社方式を導入し、創業家を持ち株会社の経営に専念させ、トヨトミ自動車本体には実力主義で経営者を起用する新たな組織づくりを模索した。言ってしまえば創業家が「君臨すれども統治せず」の経営体制を構築しようとしたわけだが、このクーデターは事前に発覚、豊臣家の逆鱗に触れ、武田は社長の座を追われる。
その後リーマン・ショックで大幅赤字に転落したのを契機に、いよいよ新太郎の長男、統一が「大政奉還」により社長に就任。統一は、武田一派を容赦なく社内から一掃し始める。豊臣本家をないがしろにした武田派へのリベンジは凄まじい。
統一は、持ち株会社構想のキーマンを真っ先に血祭りにあげる。経営企画担当の常務取締役だった武田の腹心を、大阪の系列運送会社の監査役へ飛ばしたのだ。また、豊臣の分家一族にも冷徹さを貫く。かつて、父・新太郎を見下した“トヨトミ中興の祖”の分家筋や、統一よりも人望も実力もあるいとこを子会社に放逐した。
こうした常軌を逸した復讐心で、いま政権を窮地に陥れてしまったのが安倍首相だろう。
先の参院選で、公職選挙法違反(買収)で逮捕・起訴された河井克行・案里夫妻に、1億5000万円ものカネを注ぎ込んで広島選挙区に案里氏を立候補させたのは、自民党の大物参議院議員の溝手顕正氏を落選に追い込みたかったからだったと言われている。溝手氏は第一次安倍政権のとき、2007年の参院選惨敗を「首相本人の責任」と厳しく糾弾。その後も陰で安倍の学歴や大腸の病気などあげつらうなど、言いたい放題。堪忍袋の緒が切れた安倍首相は、溝手氏を許せなかった。その私怨から地元・広島県連の猛反対も押し切って、河井案里議員を擁立したのだという。