このマンションがオレの墓場だよ
組合長の世代、年齢では仕方のない部分もあるだろう。自分のマンションに多くの中国人が大挙して住み、出入りも激しく、その素性はわからない。
「あとあの人らは衛生面とか考えないね、トイレが詰まって我慢できなかったのか便を上からぶちまけるからね、その都度だめって教えるけどさ」
空から人糞が降ってくるマンションとは恐ろしい。衛生関係は中国政府も国家をあげて取り組んでいるが、穴にみんなですればいいという一昔前の感覚は抜けきらない。とくに地方出身者は肥料になるから丁度いいと思っている。大昔の日本人の感覚だ。そんな彼らと一緒にコミュニティを作る美談もあるが、組合長いわく現実は中国人側のほうが接触を避けている感じだという。「やましいことでもあるんだろ」と組合長、差別がよくないことは重々承知だが、実際に住んでいる側からすれば誰もが地球の仲間だ国際人だとリベラルな共生社会に適応できるわけもないし、それを他人が強要する権利もない。現に全国の集合住宅で日本人と中国人の軋轢は生まれ、報じられて久しい。
「だからもういろいろあきらめてるんだけど、汗水たらして働いてせっかく買ったマンションだからね。ここで子どもも育てたし、死んだ女房との思い出もいっぱいあるんだ。このマンションが俺の墓場だよ」
子どもも独立、奥さんにも先立たれた組合長、いずれ廃墟になるかもしれないこのマンションを終の棲家と覚悟を決めている。孤独死もあるそうで、組合長も「俺もたぶんそれだよ」と寂しく笑った。
「立て直すとか無理だし日本人は老い先短いのばっか、そのうち中国人しか住んでないマンションになるんだと思う」
日本のマンションの数は約665万戸、そして築40年超の古いマンションは約91.8万戸と総数の14%に及ぶ(令和元年末時点・国土交通省)。10年後には約213万戸、20年後には384万戸となる。立地がよく資産価値を保つことが出来たマンションは建て替えられるかもしれないが、少子化と日本経済の衰退、そしてコロナ禍次第では組合長のマンションのような限界マンションが日本中で廃墟となり、やがてはスラム化するだろう。移民政策の受け皿にこうしたマンションや団地を活用するという意見もあるし、すでに 千葉市美浜区や埼玉県川口市などは実質的な中国人だけの団地が誕生している。北海道に至っては千歳市、平取町、占冠村とあちこちに中国人村が誕生している。後者は富裕層向けだが、日本の無為無策な住宅政策がいらぬ軋轢の火種となっている。それを抜きにしても、数百万戸のいずれ見捨てられるマンションの山をこの国はどうするつもりなのか。
「俺もこんなことになるとは思わなかったよ。ずっと値上がりするかそのまま普通に住めると思ったけど、マンション腐るのって早いよ、長い人生の一瞬だよ。子どもに負担だけはかけたくないんだけどね」
思い出の詰まったマンションだが、この状態では組合長の死後、息子さんは売るにも売れず、はした金で貸すしか無い。都心まで遠い駅からさらにバス、修繕積立金も共益費も事実上うやむやになった中国人だらけの限界マンション。相続放棄だって簡単ではない。今後、完全に手詰まりとなったこのようなマンションは、国や行政の積極的な介入も必要となってくるだろう。私有財産の問題はあるが、このままでは事故や治安における大きな社会問題になりかねない。築40年を過ぎたマンションが20年後に400万戸近くになる恐怖、倒壊とまでは言わないが、そんな廃墟が400万戸、将来的な移民の受け皿と言っても日本中に中国人団地に限らず移民村が生まれることに、現状多くの日本人のコンセンサスが得られないことは確かだろう。限界マンションは高齢化と少子化、移民政策を進める日本の縮図だ。
あきらめたと言いながらも孤軍奮闘の組合長だが先行きは暗い。高齢化と少子化、そして続々誕生する老朽化した移民マンション ──昭和の負の遺産、官民挙げた目先の利益と利権のために、いらぬ軋轢と分断がいまこのときも、なにげない集合住宅のそこかしこに生まれている。
●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経てフリーランス。2018年、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。近刊『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)寄草。近著『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。\/