そんな彼女を「暗子」と無邪気に呼べる犬井くんは、京都駸々堂で買った『わが愛わが革命』に感激。〈重信さんは美人や〉と言い募る彼に自作の詩の感想を求められた明子は、〈オナニーをしていたから電話に出なかったと単刀直入に説明される女子〉でもあり、そんな〈共学育ちの女子の騎士道精神〉の行方も興味深い。
「もちろん、今だから言語化できるんですけどね。私は10歳前後の主人公が自分の気持ちを理路整然と話す小説や映画を観る度に、『あり得ない』って思うんですよ。語彙がないばかりに闇の中にいて、ひたすら『違う』と思ったり、でも何が違うか説明できなくて、もどかしかったりするのが、子供の時代だと思うので。
特に私は今話題の超記憶症候群を疑うほど昔の記憶が鮮明で、時折押し潰されそうになるんです。それが苦しくて書くと、気持ち悪さが多少和らぐ。残像が消えてくれる。言葉をあてがい、理論的になることで、スッと楽になれるんです」
誰も欠けていない時間はとても尊い
家族という〈小隊化した空間〉を怖れる明子にとって、〈アタシ達のヒデキ〉を巡る女子の鞘当てや、保健教師〈大谷沙栄子〉の着任以来、男子が妙に保健室に入り浸る問題はあるにせよ、虎高は平和そのものだった。
「私自身、家より学校の方が圧倒的に居心地がよかったんですね。特に〈堀越学園芸能コース〉と綽名された3年7組は、同調圧力が皆無なクラスだったので。
滋賀県民の溜り場、平和堂のフードコートにもよく制服のまま行きましたし、わが家では〈「学校」という名分〉が最も有効で万能な呪文だった。そのおかげで1972年の京都会館にミッシェル・ポルナレフを観に行き、握手したのは本当の話。引率を頼んだ東出昌大先生が実際は行けなかったり、浅田美代子ちゃんも含めて実名じゃなかったり、細部は結構創作しました。
でも、大谷先生が保健室で何をしていたかを、後に大学時代の中条くんも出演する『ラブアタック!』の伝説的みじめアタッカー、〈百田尚樹に話したい〉のは、本当の話です(笑い)」