工房内の壁には「Look Dad I will FLY(見てろよ父さん、俺が飛ぶのを)」の文字が
レストランからの帰り道、私が神奈川県藤沢市出身だと伝えると、こう言っていた。
「昔、お付き合いしていた子が藤沢に住んでいたので、よくクルマで遊びに行ってたんですよ」
いつ頃の話だろう。イタリアの修行から帰ってきた頃だろうか。しかし、その年齢でクルマを持てるって、やっぱりボンボンなのかなあ。そんな疑問もよぎったが、弟子という立場を考えて、深くは追及しなかった。
指導者としての印象は「教え上手」
午後。工房に戻ると、皮革の輪郭の厚みを整える技法を教わった。「革スキ」と呼ばれるもので、革と革をつなげる際などに、なめらかに仕上げるための工程だ。イタリア語で「トリンチェット」と呼ばれるナイフで、革の周縁を薄く削りとる。こうすることで、2枚の革を重ね合わせたときに、デコボコせず圴一につなぎ合わせることができるのだ。
優一氏に手本を見せてもらってから真似たが、これがまたかなり難しい。ナイフ握る右手の力加減、革を押さえる左手の位置、二の腕の開き方、身体の姿勢、目線の動かし方などなど、色々なことに気をつけないといけない。しかも、刃物を扱っているので、気を抜くとケガをする恐れがある。削る瞬間には、集中力が必要だ。
最初はいびつだったが、何回か繰り返すうちに、少しずつコツが分かってきた。
「めっちゃうまいですよ。初めてとは思えない! 才能あるんじゃないですか?」
リップサービスかもしれないとは思いつつ、誉められるのは嬉しいもの。なかなか教え上手なのだ。
夕方まで練習を続けると、すっかりくたびれた。
「結構疲れるでしょ。一日働いて疲れて、それで『靴作ってないだろ』ってネットとかテレビで言われているのを見ると、本当に腹立つんですよ」
優一氏の靴職人としての力量がどのぐらいかは、正直まだ分からない。ただ、少なくともまったくの素人ではないことは、はっきりと分かった。いつまで修行が続けられるか、師匠と弟子の関係をうまく続けられるか、まだまだ手探りで不安もあるが、しばらく頑張ってみようと思う。
■取材・文/西谷格(ライター)