志村さんとは、公私にわたる深いつきあいだったという。上島さんは志村さんらと連日飲み歩き、帰宅するのが朝方になることもあった。2000年頃には有吉弘行(47才)、土田晃之(49才)、劇団ひとり(45才)ら上島さんを慕う芸人が集う「竜兵会」を結成。週7ペースで飲むこともあった上島さんを、広川が束縛することはなかった。
プライベートでは「お笑い芸人の街」とされる東京・中野を愛し、売れっ子芸人にしてはめずらしく、中野の賃貸マンションを転々とした。売れると高級住宅街に引っ越す芸能人が多いなか、結婚後も中野界隈に住み続けた。
そんな順調な芸人人生を一変させたのが、夫婦で散歩を始めるきっかけにもなった新型コロナだ。2020年3月、志村さんが新型コロナで亡くなったことは上島さんの心に大きなダメージを与えた。
「喪失感に襲われて、寂しさが増していました。仲間らと大好きなお酒で気を紛らわせたかったけど、コロナ禍で飲み会を開くことすら叶いませんでした。もともと上島さんは気心の知れた仲間と飲み歩いてストレスを発散するタイプでした。それができなくなり、次第に鬱屈した感情を抱え込むようになりました」(前出・上島さんの知人)
仕事にも大きな影響が出た。ダチョウ倶楽部の芸風は、体と体を密着させる芸が多く、ソーシャルディスタンスが叫ばれるコロナ禍にはそぐわない。そればかりか昨今は、「痛みを伴う笑い」が批判の対象になることも多かった。長年の武器を奪われ、上島さんは苦しい状況にあった。
2020年10月、化粧品の新商品発表会に出席した上島さんは、「おでんも卵も飛ばせなくなっちゃった。熱湯風呂も溺れてピュピュッて水吐けなくなった。けんかしてチューもできない。何にもできないオヤジになっちゃった」と苦境を吐露して笑いを誘ったが、「笑いごとではない」が本音だったのかもしれない。
そんな上島さんの心の隙間を埋めようと奮闘したのが、広川だった。
「ひかるちゃんは上島さんの性格を熟知していますからね。“あの人は褒められて伸びるタイプだから”と、常に夫の長所を口にして励ましていました。以前の上島さんは夜な夜な飲み歩いていたけど、コロナ禍はずっと自宅にいて、夫婦水入らずで酒を酌み交わす機会が増えました。夫婦仲はさらによくなっていたようです」(前出・広川の知人)