「この値段でこれかよ」と思っちゃった
かつてラガーさんは、バックネット裏にいち早く駆けつけられるように甲子園球場の8号門入り口付近に寝泊まりし、開門と同時に自由席だった最前列に駆け足で向かっていた。ところが、2018年より中央席が指定となり、無料だった外野も有料に。そして、自由席を求める長蛇の列を避ける目的もあって、現在は全席が指定席となった。
そうした状況下で、ラガーさんもかつてのように野宿することが難しくなり、甲子園を全試合観戦しようと思うと、20万円から25万円近い費用がかかってしまう。
「(今春の)センバツでは甲子園近くに1泊3000円で民泊した。その民泊料金も、今年の夏は値上げすると言われたんだよ。それにさ、中央指定席でも、端のほうの席だと、『この値段でこれかよ』と思っちゃったんだよね。悪いけど、10年以上、オレは最前列で高校野球を見てきた。やってらんないよ。だからセンバツでは、観客が少なくなると、最前列に移動しちゃってた。誰もいないからいいかなと思っちゃったんだよね。それはすみませんでした」
毎年、ラガーさんは8月13日の誕生日を甲子園で迎えていた。57歳の誕生日は、自宅のテレビの前で過ごすことになるのだろうか。家業であった印刷業を細々と続けながら、甲子園観戦を続けてきたものの、その家業の経営にも苦労があるといい、大阪に長期滞在するのは簡単ではないだろう。
「本音言うとさ、このチケット代金は常識外! だからといって、『引退』とは書かないでね! この夏だって、甲子園に行くことがあるかもしれないから」
そのうち、ふらっと甲子園にやってきては、テレビに映り込もうと懸命になるラガーさんがいるかもしれない。
■取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター)
【著者プロフィール】1976年、宮崎県生まれ。2016年に『永遠のPL学園』で第23回小学館ノンフィクション大賞を受賞。新著『甲子園と令和の怪物』(小学館新書)では、ロッテ・佐々木朗希の大船渡高校時代の岩手大会決勝「登板回避」について、当時の國保陽平監督の独占証言をもとに詳細にレポートしている。