共生への誘い
のんをさかなクンとして見てくれ、というこの映画の前提は観客にある種の無理を強いている。飲み下しにくいものをぐいと飲んでくれと要求しているわけだ。これを僕は、大げさに言えば、ある種の“共生への誘い”として受け取った。最初はちょっと理解し難いかもしれませんが「ま、いいか」という姿勢ですくなくとも拒絶しないでください、そのうち面白くなってきますよ、というメッセージとして解釈したのである。
異質だと感じるものを異常だとして拒絶しない。この映画の登場人物たちが、ミー坊に対して、馬鹿にし、呆れつつも、人間関係を途切れさせないで、時には「ほおお」と感心したりしているように。冒頭で、本作をハートウォーミングな映画と紹介したが、この映画の温かさはここにある。
さて、ミー坊は当初の目標であった「博士になる」を達成したのか? ラスト付近に回答らしきエピソードが出てくるが、正直言うと、これはシナリオ上のつじつま合わせであり、言い訳である。すくなくともミー坊は、論文を書いて、学界で発表するような博士になったという表現は見当たらない。だが、これを挫折と捉えるのは見当ちがいだろう。
ドラマや映画は、かくあるべしという自分に向かって人生を歩んで行く主人公を描きがちだが、現実はそうではない。また、当初そう思い描いた自分が本当になりたかった自分だったというのも実は危ういのが現実だ。ただ、“好き”という思いを夢中になって追求することによって、やがて然るべき場所にたどり着くことはかなりある。
もちろん、若いのんはその途上にある。彼女にはまだ危うさとブレの魅力が感じられる。未見だが、脚本を書いて監督した作品もあるそうだ。魚に夢中になったミー坊のように、もっともっと映画に夢中になって、まだ見ぬ自分に向かって彷徨っていって欲しい。
【プロフィール】
榎本憲男(えのもと・のりお)/1959年和歌山県生まれ。映画会社に勤務後、2010年退社。2011年『見えないほどの遠くの空を』で小説家デビュー。2018年異色の警察小説『巡査長 真行寺弘道』を刊行し、以降シリーズ化。『DASPA 吉良大介』シリーズも注目を集めている。近刊に真行寺シリーズのスピンオフ作品『マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白』、『相棒はJK』シリーズの『テロリストにも愛を』など。2015年に発表され話題となった、3.11後の福島の帰宅困難地域に新しい経済圏を作る小説『エアー2.0』の続編『エアー3.0』を現在構想中。