3万人が閉じ込められた
習氏の推し進めるゼロコロナ政策は凄絶だ。2020年に新型コロナが広がると、習氏は徹底的にウイルスを封じ込めるゼロコロナ政策を断行した。全住民にPCR検査を繰り返し、感染者や濃厚接触者が出たら即座に隔離して一帯を封鎖した。
「ゼロコロナの名目で住民は移動の自由を制限され、医療措置を受けられず亡くなる人が続出し、2歳児が計74回のPCR検査をしたと報じられた。今春に上海を封鎖した際は防護服を着た監視員が屋外で目を光らせ、政府からの配給が届かず餓死した人々の映像がSNSに出回りました」(同前)
中国でオミクロン株が流行したここ数か月は、ゼロコロナ政策による悲劇が続いた。9月中旬、中国内陸部の貴州省で、感染リスクがある住民を隔離先に搬送する大型バスが横転し27人が死亡した。住民はのちに全員非感染者だったことが分かった。
10月末には開園中の上海ディズニーリゾートが突如封鎖され、入園者全員にPCR検査が行なわれた。4日前に入園した1人の感染が判明しての措置だったが、ハロウィンを楽しむ3万人の入園者が夢の国に夜半まで閉じ込められた。中国に詳しいジャーナリストの富坂聰氏が語る。
「3年近くに及ぶゼロコロナ生活で人々は疲弊し、経済や生活が立ち行かなくなった。溜まりに溜まった不満がウルムチの火災をきっかけに爆発し、抗議のデモが全土に広がりました」
当初は中国最大級のSNS「微博(Weibo)」にも政権批判の声が書き込まれたが、当局の検閲で削除され、現在は「習近平退陣」などと検索しても〈法律と政策に基づき表示できません〉と表示されるのみ。
その一方で、〈自由になりたい〉〈閉じ込められるのは嫌だ〉といった、過酷な日常を呪う声は残されている。
世界各国が続々とウィズコロナにシフトする中、習氏のコロナ対策はなぜ真逆を行くのか。ひとつは中国の脆弱な医療体制にある。
「都市部には大病院がありますが、地域の診療所のような施設はほとんどありません。これは地方に行くほど顕著で、治療施設がないのでパンデミックが起きたら手に負えない。だからこそ感染者をゼロに抑え続けるしかないのです」(富坂氏)
そしてもうひとつの要因が、熾烈な権力闘争だ。10月に開催された中国共産党大会。5年に1度開かれ、中国共産党の指導体制や基本方針を定める大会でビッグサプライズがあった。党序列2位の李克強首相が政界引退に追い込まれたのだ。
「李氏は“ゼロコロナよりも経済安定優先”を打ち出し、コロナ政策を転換するキーマンと目されていました。しかし習氏は党大会で李氏に引導を渡して改革派を一掃し、上海で過酷なゼロコロナ政策を断行した李強・上海市党委員会書記をナンバー2に引き上げ、身内をイエスマンで固めた。この人事でゼロコロナ体制はますます盤石になりました」(全国紙北京特派員)
党大会最終日には、李克強氏に近く、習氏と対立するグループに属する胡錦濤前総書記が、警備員に会場から連れ出された。党大会で慣例を破り3期目の政権を発足させた「習帝国」を象徴する一幕だった。中国事情に詳しい評論家の宮崎正弘氏が語る。
「党大会で子飼いが幹部を独占した習氏は軍や秘密警察、メディアを掌握して独裁を完成させました。彼にとってゼロコロナは自らの威信をかけた政策で失敗は許されません。“習皇帝”がやれと言ったら従うのが臣下の務めであり、庶民がいくら死のうが関係ない」
だが、万難を排して絶大な権力を手に入れた習氏に叩き付けられたのは、「皇帝よ、退陣せよ!」というコロナ一揆だった。