ところがよ。「ここ、女子トイレですけどッ」と正面から怒鳴られたのよ。フリーライターになりたての22才のとき、新橋の駅のトイレに入ったら、出てきたオバさんがキッと睨みながらそう言ったの。最初は何のことかわからなかったけど、「えっ」と私が声を出したら、オバさん、一瞬で私を下から見あげて、「あら、やだ。女の子だったの」だって。
こんなこともあった。時が流れて33才のある夜更けのこと。その夜も遅くまで飲んで家の近くまでタクシーで帰ってきたの。アパートまで徒歩2、3分。暗い路地に入った、そのときよ。後ろから抱きつかれて口を塞がれたの。思い切りもがいたら、若い男が後ろに飛びのいた。とっさに私は怒鳴った。「何すんだ、この野郎ぉ~」。ドスのきいた巻き舌が寝静まった住宅地に響き、男は千鳥足で逃げ出した。
そんなこんながあって、女と男が、私の中で入れ替わり立ち替わり出入りしていることに気づいたの。私だけじゃない。もしかしたら、誰でも女と男の要素を持っているのでは?
私の恋愛対象は男が主だったけれど、女にもなんとも好いたらしい人がいて、その人のことを何日も思ったりすることは最近でもある。直接、恋愛にならないのは私が意気地なしだからだ。
LGBTとはレズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字をとった言葉で、そうした性的マイノリティの人に対する差別をなくしましょうということで、それはいいことだと思うのよ。でも、制度は人が頭の中で考えたことで、生物としての人間ってもっとあいまいで、男と女のどっちでもあり、どっちでもないんじゃないかと思ったりする。だから、これが正解!という制度はないんじゃないかしら。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2023年6月8日号