東京駅の寿司屋で弦巻氏を見据える升田

東京駅の寿司屋で筆者をにらみつける

「いまの将棋連盟、大物は誰だ」

 僕が升田先生と酒を飲んだのは1回だけ。1977年、仕事のため新幹線で故郷の広島に帰るという升田先生と、東京駅の寿司屋で2時間ほど一緒の時間を過ごした。テーブル席に向かい合って座りながら、升田先生はビールのグラスを傾け、僕に凄んでみせた。

「お前は誰だ」
「カメラマンの弦巻です」
「大山の手の者か」
「ただのカメラマンです」

 僕が大山先生に近いと思われているのだろう。「はい」と答えたら一体どうなるのかと思ったが、升田先生はなおも僕を試し続ける。
「いまの将棋連盟、大物は誰だ」
「ちょっと僕には分かりません」
「あのほおずき頭(大山先生)は大物か」
「……」

 そのうち、少し酒が回ってきた僕はついこう答えてしまった。
「大物は、いないのではないでしょうか」
 するといきなり升田先生が立ち上がり、腹の底から声を響かせた。
「それはこの俺を入れてのことか!」

 唖然とする周囲の客。升田先生の口から飛び散った寿司の米粒が、僕の服に降りかかった。するとゆっくり席に座った升田先生が、その米粒を少しだけ手で払ってくれた。

「写真を撮りたいなら、なんでも言いなさい」

 急に優しくなった升田先生を見て、僕はおかしくなった。外見とは裏腹に、本当は優しい方だったのである。そうでなければ、「陣屋事件」のような出来事が起きるわけがない。

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