軍部に箱根駅伝開催の許可をもらうための工夫

 太平洋戦争勃発に伴い、スポーツ行事は官製大会しか認められなくなる。大学の陸上競技部も、陸上戦技部と名前を変え、手榴弾投げと重量物運搬競走が〈戦技〉として導入された。この流れの中で、箱根駅伝の代替大会であった青梅駅伝までもが中止となってしまう。

 しかし、学生達はそれでも駅伝をやろうと画策していた。戦争の激化に伴い、世間では「学生ばかりが徴兵を猶予されるのは不公平だ」「学生も兵隊に行くべきだ」という声が大きくなっており、多くの学生が「自分も戦争へ行かねばならない」と思い始めていたのだ。

 だからこそ、出征前に駅伝を走りたい。箱根駅伝を走りたい。学生達はそう願い、箱根駅伝開催のために奔走した。

 軍部に箱根駅伝開催の許可をもらうために学生達が考えたのが、「靖国神社をスタートし、靖国神社にゴールする箱根駅伝」だった。大会名を「靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会」としたことからも、いずれ出征する学生の鍛錬、そして戦勝祈願を謳うことで、軍部を納得させようとしたことがわかる。

 学生達の努力の甲斐あって、1943年(昭和18年)1月5日と6日に、第22回箱根駅伝──靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会は開催される。

 日本大学で6区の山下りを担当した成田静司氏がこの大会のことを日記に書き残している。出走前日の日記には「明日は本当に体が挫けて粉になる気で下るぞ。山手が待ってるぞ山手が」と、7区を走る山手という選手に意地でもタスキを繋ごうと意気込みを語っていた。

 ちなみに、現在では優勝争いの常連となった青山学院大学にとって、この大会が箱根駅伝初出場である。選手不足で出場を断念する大学が多くあった中、なんとか10人の選手を集めて箱根路に挑んだ彼らの胸中は、一体どのようなものだったのだろう。

 箱根路を走った学生達の多くはその後、学徒出陣によって戦地へ旅立つ。戦況の悪化により激戦地に送られた者や、特攻隊に配属された者も少なくなかったといわれる。

 いずれ戦争で命を落とすことを覚悟して箱根駅伝を開催し、箱根路を駆け抜けた学生達。彼らはどんな思いでタスキを繋ぎ、靖国神社を目指したのか。どんな思いで出征し、命を落としたのか。生き残った者達がどんな思いで戦後日本に箱根駅伝を復活させたのか。

 彼らの願いは脈々と受け継がれ、昭和、平成、令和、そして第100回箱根駅伝へと繋がっていく。

 箱根駅伝に恋い焦がれた戦時下の学生達に思いを馳せながら、100回目の号砲を心待ちにしたい。

(了)

◆額賀澪(ぬかが・みお)/1990年、茨城県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、広告代理店に勤務。2015年に『屋上のウインドノーツ』(「ウインドノーツ」を改題)で第22回松本清張賞を、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞。2016年に駅伝を描いた小説『タスキメシ』が第62回青少年読書感想文全国コンクール高等学校部門課題図書に選出、ベストセラーに。『タスキメシ』シリーズは他に、箱根駅伝を描いた『タスキメシ箱根』その後の元ランナーを描く『タスキメシ五輪』がある。その他の著書に『風に恋う』『ウズタマ』『転職の魔王様』『青春をクビになって』など多数。近著に『タスキ彼方』がある。

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