ドアの前には「お〜いお茶」の段ボールが
これ以上呼び鈴を鳴らしても反応がなかったため、私はその場を離れた。帰り際、門番のところへ行き、念の為にその部屋に住人がいるかどうかを確認してもらった。門番が部屋番号をダイヤルし、コールが2回鳴った後、ガチャっと受信する音が響いた。
やはり居留守だったのだ。電話口から微かに声が漏れる。耳を澄ましていると、流暢な英語を話す男性の低い声が聞こえる。水原氏とは昨年、エンゼルスのスタジアムで直接話したことがあり、英語の発音も何度も聞いているので、彼のくぐもったような口調には聞き覚えがあった。間もなく、受話器を置いた門番がやって来て、私にこう言った。
「住人はあなたに会いたくないと言っている」
──ということはやはり部屋には人がいるのですね?
「住人のプライベートについてはお答えできない」
礼を言って駐車場へ向かい、車に乗り込むと、先ほどの門番がいつの間にか後をつけてきて、助手席側の窓からこちらを伺っている。窓を開けると、こう尋ねられた。
「あなたはメディアの人間ですか?」
私は車の外に出ると、門番は続けた。
「実は日本のメディアが2週間ほど前、この住宅地に殺到し、住人にあれこれと質問を浴びせたので苦情が出ていたんです。彼らが、大谷翔平選手が被害を受けたスキャンダルについて取材をしているのは知っている。ただ、ここの住人のプライベートな情報についてはいっさい明らかにできません」
この2日後の10日、米ニューヨークタイムズは水原氏が米国に極秘帰国していたと報じた。同紙は関係者の情報として「韓国からカリフォルニアに戻った水原氏は、飛行機を降りた後、捜査当局に呼び止められた」と伝え、その上で「水原氏が当局に何を話したかは不明だが、逮捕はされなかった」としている。
米国に戻っているのは確かなようだ。居留守を使っていた住人はやはり、水原氏だったのだろうか。
【プロフィール】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)/ノンフィクションライター。1975年、三重県生まれ。上智大学外国語学部卒。新聞記者、カメラマンを経てフリーに。2004~2017年にフィリピンを中心にアジアで活動し、現在は日本を拠点にしている。2011年に『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で開高健ノンフィクション賞を受賞。近著に『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)。