台本を読むのに1ページ2~3時間かかった
主人公は共産党員のリーダーで抗日活動を主導した王一民。ヒロインはハルビン一の富豪の娘であり、日本に留学経験のある外科医・魯秋影である。魯秋影は心ある教育者として描かれている日本人男性・玉旨一郎と結婚を決めるものの、それが関東軍の仕組んだ政略結婚だと知り、別れることになる。井上さんは関東軍の大将の娘で、最終的に一郎と結婚する本庄見秀役を演じた。中国人ヒロインの恋敵という役柄である。
「最初は日本語で演じるという話だったのが、主演俳優が『日本語だと響かない』と言い出して、いきなり中国語で演じることを求められました。まだ中国語も上達していなかったので周囲が何を言っているかもわからない。台本を読むのに1ページ2~3時間かかる。日本でドラマに出てましたが、そもそも演技の勉強をしたこともなかった。それが慣れない中国で演じるわけですから、何度も監督に『ロボットみたいだぞ』とダメ出しされました」
ドラマのロケ地であるハルビンはヨーロッパのような街並みに中国人、ロシア人が行き交う異国情緒溢れる街だった。井上さんにとって新鮮な経験ばかり。しかし、ドラマの撮影は過酷だった。街中だけではなく草原や砂漠といった郊外での撮影も多かったからだ。
「郊外の草原や砂漠のロケではトイレがないのです。中国の女優は平気なようで、外で用を足していました。でも、私には本当に無理で。撮影中は水分を取らずに過ごしていました。
また、趙監督は拘りが強い人で。結婚のシーンでは、松花江という川で一日がかりの撮影をしました。夕暮れで光の加減が幻想的になるタイミングを待って、河原で三々九度を演じ、契りを交わすシーンを撮影しました。でもこの結婚は政略結婚なのです。最後は中国人の主役がヒロインと結ばれる一方で、日本人の一郎は絶望と戦争への嫌悪感から自ら命を絶ってしまう。同じく日本人である私が演じた見秀も、一郎の死を知り、錯乱しように河を彷徨い歩く……という壮絶なラストシーンを迎えます。その撮影はとても過酷でしたね。
他にも撮影中に苦労したことはたくさんあります。スタッフ用のホテルに投宿したら『ここは外国人NG』だと言われ、いきなりホテルを移動させられたり。俳優陣も『朋子と出会って日本人の印象が変わった』と言ってくれる人もいれば、『どんなつもりで中国で仕事しているの?』としつこく言ってくる人もいた。そんな人には『嫌なら話しかけないで!』と言い返していました。本当に慣れないことだらけで、全てに悪戦苦闘していました。ちなみにこの時のギャラは1話5000元(当時のレートで7万円弱)でしたね。私が出演したのは10話分だったので、全部でギャラは5万元(当時のレートで70万円弱)ほどもらえました」
