神妙な表情でマイク片手に凄惨な数々の事件を伝え続けた
梨元勝さん、みのもんたさん…経験した仕事仲間との別れ
ニッポン放送は13年勤務し、子育てのため1970年に退社。翌1971年、37歳でフリーとして再始動し、1995年に起きた阪神・淡路大震災の取材を最後に、ワイドショーを離れた。60歳のときだった。
「30代後半から60歳まで20年以上、現場で懸命にやったから完全燃焼。やり残したという気持ちはない。もしダラダラ仕事をしていたら、今のように満足した気持ちではいられなかったかもしれない」
長生きは喜ばしいことだが、一緒に仕事をした仲間たちを先に送るつらさも経験する。先日、訃報が伝えられたみのもんたさん(80歳没)とは、ラジオや通販番組で共演した。
「優しい人でね。彼のラジオ番組にゲストで呼んでもらったら、『少しプラスしといたから』ってギャラを少し多くくれたの」
現場でよく一緒になったのは故・梨元勝さん(65歳没)だ。
