蒸留前のもろみの時のアルコール度数が約8%、2回の蒸留を終えると約70%まで高まる。香りを確かめる大竹氏
時の恵みをいただく
2008年に秩父蒸溜所で生産を開始してから17年の歳月が過ぎ、あと3年経つとイチローズモルトの20年ものが誕生する。
「2025年で還暦を迎えました。私にとってウイスキーはロマンの詰まった酒だと思っています。一般的に10年ものと言えば10年熟成のことですが、ウイスキーを寝かせる樽に思いを及ぼすと、ミズナラ材の樽の場合、樽になるのは150年とか200年の樹齢を重ねた木です。それだけの時の恵みを、私たちはいただいていることになる。人間にとって、時は命です。30年もののウイスキーを飲むこととは、その30年を生きることにほかならない。私は、その長い時間に思いを馳せてウイスキーを楽しむことは、人生そのものを楽しむことだと思っています」
肥土さんにとってウイスキーは人生である。こんな、恰好いい人、なかなかいない。毎夜酒を飲む私が気を付けるべきことをあえて訊いてみた。
「そうですねえ、水を飲むことでしょうか。ウイスキーと同量くらいの水を飲んでいれば、酔いすぎないし、二日酔いもしませんよ」
「ああ! 水ね。酒飲みながら水が飲めるかい! って思いもありますが、水を飲むよう、心掛けてみます」
「それと、ウイスキーは泥酔するための酒ではありません。いいことがあったり、悔しいことがあったり、そういうときに寄り添ってくれる。そんな酒であってほしいと思っています」
「がぶ飲みするな、ということ?」
「たくさん飲んでいただくのは歓迎ですが(笑)」
(了。前編を読む)
【プロフィール】肥土伊知郎(あくと・いちろう)1965年埼玉県秩父市生まれ。家は江戸時代から酒造りを行う。東京農業大学で醸造学を専攻、サントリーに入社。29歳で父の要請により退職し造り酒屋を手伝うも、 2000年に経営破綻。2004年同社売却後、ウイスキー原酒を自身で買い戻し、同年ベンチャーウイスキー社を設立。2005年「イチローズモルト」販売開始。2006年、英『ウイスキーマガジン』 ジャパニーズモルト特集でゴールドメダルを受賞。2008年自社蒸留を開始し、2017年「ワールド・ウイスキー・アワード」シングルカスクシングルモルト部門で世界最高賞を受賞など、世界的評価を得ている。
◆取材・文 大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京都生まれ。出版社、広告会社、編集プロダクション勤務などを経てフリーライターに。酒好きに絶大な人気を誇った伝説のミニコミ誌「酒とつまみ」創刊編集長。『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『愛と追憶のレモンサワー』『五〇年酒場へ行こう』『酒場とコロナ』など著書多数。マネーポストWEBにて「昼酒御免!」が好評連載中。


