1972年11月5日、上野動物園でカンカンとランランの一般公開が始まった。観覧のための行列は上野駅まで約2キロも続き、機動隊が出動するほど大混雑した(写真/共同通信社)
蒋介石の妻が贈呈
はじめて来日した1972年以来、53年にわたり、上野動物園や南紀白浜のアドベンチャーワールドなどでパンダは多くの人に愛された。しかし2頭の返還により、国内のパンダは、ついにゼロになる。新たな貸与も期待されたが、現時点で具体的な計画はない。
『中国パンダ外交史』の著者で東京女子大学教授の家永真幸氏が語る。
「パンダ外交は中国の巧妙な罠のように語られますが、外国がパンダを熱心にほしがったから生まれた外交戦術です。友好を演出したい国にしか贈らない。それが一貫した中国のスタンスです」
第二次大戦中の1941年、蒋介石の妻・宋美齢らが連合国のアメリカにパンダを贈っている。冷戦時には友好国のソ連や北朝鮮に貸し出した。そしてパンダ外交は、半世紀あまりの日中関係を映し出す鏡でもあった。
1972年11月、田中角栄政権下での「日中国交正常化」を機に来日したカンカンとランランが、日本中でパンダブームを巻き起こす。
東日本大震災後には、仙台市が復興のシンボルにパンダを借りる計画を進めた。中国側も仙台市にパンダを贈る意思を示したが、2012年の尖閣諸島問題により日本国内で対中感情が悪化し、貸与は見送られた。
