北島三郎一覧

【北島三郎】に関するニュースを集めたページです。

美川憲一ほか紅白「落選歌手」が「あの人だけは出してよ!」
美川憲一ほか紅白「落選歌手」が「あの人だけは出してよ!」
 年末恒例のNHK「紅白歌合戦」には、その華やかな舞台の裏で、大物歌手の出演・落選の悲喜が交錯する。今年は五木ひろしが落選したことが話題になったが、これまでも多くのアーティストが栄光のステージを静かに去った。「週刊ポスト」(12月20日発売号)では、そうした落選歌手たちの「私はこうして乗り越えた」証言を集めているが、一方で、“落選の先輩”たちは、「あの人には出続けてもらいたい」というエールも送っていた。 26回出場の記録を持つ美川憲一は、デビュー4年目の1968年に初出場を果たすが、1975年から1990年まで空白期間があった。1991年にカムバックを果たし、そこから19年連続出場して、小林幸子との豪華衣装対決などで番組を盛り上げたが、2010年に落選して今日に至る。「週刊ポスト」では、名物となっていた衣装バトルも「潮時になっていた」と淡々と振り返ったが、むしろその後の“盟友”の落選には未練があるとも語っていた。「2016年にアッコ(和田アキ子)が落選したじゃない? あれは残念だった。だって39回よ。なんで40回まで出してあげないのよ。そういう配慮はないのかしらと思いました。私に今後、紅白の可能性があるかどうかはわからないけど、番組はどんどん若年化しちゃってるじゃない。これには少し物申したいところはあるの。やっぱり紅白はすべての年齢層の人たちが楽しめる番組なの。いっそ、その年のヒット曲を集めるというのはやめにして、前半は若手、後半は昭和のヒット曲を振り返る番組にしたらいいんじゃないかしら」 和田は落選当時、紅組最多出場記録を更新していた。それだけに、節目の40回目を前に落選したことは物議を醸し、和田自身、「毎日泣いた」「今回は観たくない」とショックを隠し切れなかった。紅白あわせた最多出場記録は1位が北島三郎の51回、2位が五木ひろしの50回だが、いずれも「大台」を達成してから舞台を去っている。この二人が紅白を卒業したことを残念がるのは、自身も20回出場している鳥羽一郎だ。「私にとって紅白は、子供の頃に北島三郎さんの歌を聴いて胸を打たれ、歌への強烈な憧れそのものでした。しかし、まさか自分がその歌い手を目指せるとは思っておらず、中学を卒業して漁師になって、夢は夢として心にそっと持ち続けていました。だから、高校を卒業した弟(山川豊)が上京して歌手デビューを目指していると聞いた時には、その夢がなにか現実味を帯びたようで居ても立っても居られず、船を下りて後を追って上京したんです。デビューは豊が1年早かったけど、紅白出場は私のほうが先だった。ただただうれしかったですよ。 今年は五木さんが出なくなったことがショックだったね。がっかりしましたよ。北島さんも若い世代に譲ると言って出なくなったけど、やっぱりあの二人は出ないとダメだよ。北島さんの歌で舞う紙吹雪なんてさ、年末に見る桜吹雪のようだよね。個人的には、若い者に譲るとか勇退とか言わず、何歳でも目指すべき大舞台だと思っています」 その北島の弟子である山本譲二も14回出場しており、その間、何度も落選、復活を繰り返している。大物の落選をどう見ていたのだろうか。「紅白が変わってしまったとか、そういうことを言うつもりはありません。時代の流れというのはあるでしょう。でも、演歌は日本の歌ですから、もう少し増やしてほしいなという気持ちはあります。田舎のおばあちゃん、おじいちゃんたちが、“これは誰かいね?”と言うことがあまりないように。僕は北島のお師匠さんに出会えて31歳の時に『みちのくひとり旅』がヒットして紅白に出られたわけですが、18歳で故郷を出て13年かかりましたからね。故郷に錦を飾れる、紅白はそんな舞台なんですよ」「国民的番組」という言葉が過去のものになりつつあるなか、NHKがなんとか視聴率を取ろうと四苦八苦していることは間違いないだろう。国民の誰もが納得するラインナップなどあるはずがない。変わりゆく紅白そのものが、時代に取り残されまいと、もがいているのかもしれない。前出・美川は、美川らしい視点で紅白の“時代遅れ”も指摘していた。「もう紅白なんて色で分けるのも変なのよ。私もかつては“紅組なんじゃないの?”とか言われたこともあったけど、もう紅や白だけじゃなくて、いろんな色の人たちが出てきてるんだからね(笑)」 鋭い指摘だ。何年かしたら、「レインボー歌合戦」になっているかもしれない。
2021.12.25 07:00
NEWSポストセブン
高田文夫氏 根っからの東京っ子として呑み屋街にエール
高田文夫氏 根っからの東京っ子として呑み屋街にエール
 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫氏が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、東京っ子として応援したい呑み屋街についてお送りする。 * * * 私が二十歳の頃、ひたすら読みまくった浅草生まれの“江戸っ子直木賞作家”安藤鶴夫でさえ、こう書いた。「“芝で生まれて神田で育ち”、これこそが生粋の江戸っ子なんだろう」と。私の父も浅草だが、芝に生まれなきゃいけないのか。フーテンの寅さんなぞ「私、生まれも育ちも葛飾柴又です」。昔は葛飾あたりは下町とも江戸っ子とも言わなかった。戦後の東京文化はやはり“山の手”だろう。江戸っ子とはあまり呼ばれないが山の手の子で“のてっこ”である。 山の手の作家で代表的な人といえば向田邦子。向田は現在の世田谷区若林に生まれ、父の転勤で各地に住んだが、育ったのは目黒の祐天寺、学校が麻布で今住んでるのが青山といろんなところに書き、江戸っ子ではなくて“東京っ子”を前面に出す。 この伝でいけば私だって“てやんでい”な東京っ子。渋谷は富ヶ谷に生まれ、世田谷(千歳船橋)で育ち、社会に出て西新宿に住んでとことん働き、今は麹町に住んで三十年近く、ゆっくりのんびり老いてゆく。コロナにいじめられるこの東京だが、根っからの東京人だから東京が好きなのだ。 生まれも育ちも東京の左半分だが、若き日、クダを巻き酔っ払った想い出の路地、横丁の灯が消えてゆきピンチだ。20代30代の頃、事務所が青山にあったものだから、夜遅くに呑みに行く貧乏作家は決まって渋谷の「のんべい横丁」。狭い店内、まさに「三密」を中心とした飲食関係。渋谷駅ガード横、戦後の闇市がルーツだからほとんど私と同世代。北島三郎御大が18歳の時北海道から上京し、ここ「のんべい横丁」を中心に渋谷の“流し”からその芸能生活をスタートさせた。すぐに船村徹先生とひき合わせてもらい『なみだ船』が最初のヒット。歌だけでは食べられないのでギター漫才「ゲルピンちん太ぽん太」のぽん太として漫才ステージも経験。これはまったくうけなかったらしい。 新宿にいる時、私が呑みつぶれてたのが「ゴールデン街」。元々は戦後の青線地帯。学生時代、最初は大学の先生につれていかれ、以来あの店この店。近頃は吉本が近くに来たので「なんやねん」なんて言葉が飛び交うし、外国人も来るしで足は遠のいたが、ゴールデン街を守る役者の外波山文明らがガンバッているので、東京っ子としては応援したい。 この街にはかつて“流し”のマレンコフ(ソ連の政治家に似ていた)がいて、初めてイラストの佐野クンの作品を見たのがマレンコフの姿だった。人選の妙である。■イラスト/佐野文二郎※週刊ポスト2020年6月26日号
2020.06.12 07:00
週刊ポスト
萩本欽一が考える運・不運とは?
センバツ球児にエールを贈る萩本欽一流「運の哲学」
 3月11日、日本高校野球連盟は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、19日開幕の『第92回選抜高校野球大会』の中止を発表した。この決断に賛否の声が上がる中、萩本欽一が独特の人生観から、センバツ球児たちへの応援メッセージを所属事務所のホームページ上に綴った。〈春のセンバツ高校野球が、中止という残念な発表。選手も監督もコメントでは「諦めるしかない」「夏に向けて頑張ります」と残念な顔。これは不運か。そうではない。これは大きな運だ。きっと、この選手たちの中に将来のスーパースターが出るに違いない〉 萩本は“ダメな時ほどダメじゃない”という哲学を持ち、“運”の話を中心にした著書も多数残している。『ダメなときほど運はたまる』(廣済堂新書、2011年1月発行)には、こう書いている。〈だれにでも運と不運は平等にきます。だから今がついていない時期なら、そのあと幸運な時期がきっとくるはずです。不運の度合いが大きければ大きいほど、これからやってくる運も大きくなるの〉 この考え方は、自身の体験から生まれたものである。東京にカメラ店を何軒も持つ父親の元に生まれた萩本は、優雅な幼少期を過ごしていた。だが、小学4年生の頃から父の会社経営が傾き、中学3年の時には家に借金取りが押し掛けるほどになり、生活は困窮した。 人生が急転したことで、萩本は“運”について考えるようになったという。 高校卒業後、萩本はコメディアンを志し、浅草で修業を積む。しかし、3か月で演出家から「別の道に進んだほうがいい」と失格の烙印を押されたり、初のテレビ仕事である生放送のコマーシャル読みで19回NGを出したりするなど、始めから順風満帆なわけではなかった。 コメディアンになって6年半が経った25歳の1966年10月、坂上二郎と『コント55号』を組む。翌年、日本劇場での西田佐知子ショーや北島三郎ショーを機に、評判が急上昇。1968年にはフジテレビ系で『コント55号の世界は笑う』が始まり、スピード感溢れるコントで時代の寵児となった。1970年代、萩本は『スター誕生!』(日本テレビ系)などの司会者として名を馳せ、1980年代前半には『欽ちゃんのどこまでやるの!』(テレビ朝日系)など冠番組の視聴率が1週間で計100%を超えるほどの人気を博した。 しかし、44歳を迎える直前の1985年3月限りで『欽ドン!』などのレギュラー番組を降り、休養に入った。実は、1年前に出版された『欽ちゃんのはにかみ人間学』(主婦と生活社、1984年3月発行)の「第26章 人生、すべてチャラ」の「人生って、結局プラス、マイナス、ゼロ」という項目には、こんな文言がある。〈萩本欽一には、今、金もある、名誉もある(これだけ名前が知られているんだものね)、家庭もある、子供もいる。だから、もう運がない。ということは、仕事でもあまり前に出ないほうがいいってことかなってときどき思います〉 つまり、突然に思えた休養宣言は、この言葉の実践だったのだ。のちに、著書『まだ運はあるか』(大和書房、1999年11月発行。取材・構成 斎藤明美)ではこう語っている。〈初めから四十五(歳)だと思ってたの。運を計算したらそうなるんだよ。(中略)中学から芸人として売れるまで十六年なんだよね。二十八の時55号で売れて、それから十六年だと、四十四、これが限界だよね。辛かった分と同じ年数だけ成功するとしたら、四十五でもうダメになるんですよ〉 萩本の中学1年は1954年、28歳は1969年。若干の記憶の誤差はあるようだが、実際に『不運』と『幸運』の年数は同じになる。貧乏の始まった小学4年は1951年。『コント55号』がテレビに出始めたのは1968年。休養宣言が1985年。たしかに17年ずつで辻褄が合うのだ。 このように、萩本は異常に思えるほど“運”にこだわる。しかし、単なる神頼みをしているわけではない。むしろ、弛まぬ努力をしているからこそ、運について考えるのではないか。 3月10日放送の『プロフェッショナル』(NHK)では、『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』(日本テレビ系)の収録に望む姿が映し出されていた。78歳の萩本は本番4時間前から出場者のリハーサルを見て、誰に何を聞くか熟考していた。 この姿勢は、週に何本もの番組を抱えていた頃から変わっていない。1982年10月開始の『欽ちゃんの週刊欽曜日』(TBS系)では、放送半年前から出演者とともに稽古に励んでいた。しかし、1回目のオンエアを見た萩本は2回目から中身をまるっきり変えた。〈一回のオンエアの後に変えたんだから、一回だけ稽古したほうが無駄がないかと言えば、違うの。それは失敗するんです。もうどこをどう急に変えても対応できるだけの力を蓄えるために半年やってたということです。だから半年は無駄のようで、無駄じゃない。(中略)失敗だと気づいた時に、いち早く直せるのは、その前に無駄と思える積み重ねがあるからですよ〉(前掲『まだ運はあるか』) 方向転換で生まれた『欽ちゃんバンド』が人気を呼び、『週刊欽曜日』は視聴率30%を超えた。メンバーの訓練は決して無駄にならなかったのである。ただし、懸命に練習を積んだのに、結果の出ない時もある。1988年4月開始の『欽ちゃんの気楽にリン』『欽きらリン530!!』(ともに日本テレビ系)でも何か月も前から稽古に励んだが、『気楽にリン』は2ヶ月で、『欽きらリン』は半年で終了した。 しかし、番組から巣立った勝俣州和は今もバラエティ番組に欠かせないタレントとして活躍している。猛稽古を積んだにもかかわらず、数回の出演に留まった草なぎ剛は1990年代にSMAPのメンバーとしてお笑いにも対応することで、時代を切り開いていった。目の前の結果として表出しなくても、長い稽古は決して無駄にはならないのだ。 猛練習の末に出場権を勝ち取ったセンバツ球児たちの落胆を慮った上での萩本のエール。 厳しい鍛錬を積み、誰よりも“運”について考えてきた男だからこその重みを感じた。文/岡野誠:ライター。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)は鈴木智彦著『サカナとヤクザ』、山田ルイ53世著『一発屋芸人列伝』などとともに『本の雑誌』2018年ノンフィクション部門ベスト10入り。本人や関係者への取材、膨大な一次資料、視聴率などを用いて1980年代以降のテレビ史や芸能史を丹念に考察している。
2020.03.18 16:00
NEWSポストセブン
嵐の紅白出場は好景気のサイン? 2020年も景気拡張は続くか
嵐の紅白出場は好景気のサイン? 2020年も景気拡張は続くか
 いよいよ2019年も残りわずか。年越しの定番であるNHK紅白歌合戦を楽しみにしている人も多いだろう。今年は2020年いっぱいで活動休止を発表している人気グループの嵐が11回目となる出演を果たすのに加え、メンバーの櫻井翔が2年連続で白組司会を務める。 嵐ファンならずとも注目しておきたいのが、嵐の紅白出場と景気との関連だ。身近な事象と景気との関係に詳しい三井住友DSアセットマネジメントの宅森昭吉チーフエコノミストは、「嵐が紅白に出場すると、景気にプラスに働く可能性がある」と指摘する。「嵐が紅白に出場した過去10回の年末は、すべて景気拡張局面にあたっています。少々気が早いですが、次の紅白が行われる2020年の大みそかは嵐として活動する最後の日になるので、紅白出場はほぼ確定と思われます。要するに、このジンクスが継続すれば、少なくとも2020年末までは景気拡張局面が続く可能性が高いのです」 しかし、なぜ嵐が紅白に出ていると景気が良いのか。実は嵐以外にも、大御所歌手である北島三郎にも同様のジンクスがあると宅森氏は指摘する。北島三郎は特別出演を含め、過去51回もNHK紅白歌合戦に出演しているが、そのうち7回で代表曲のひとつである『まつり』を歌っている。その『まつり』をうたった7回がすべて、景気は拡張局面にあたっているのだという。「『まつり』は大漁と豊作を祝う威勢のいい曲で、景気の良い時でないと歌いにくい雰囲気があります。国民的歌手である北島三郎が紅白の舞台でこれを歌えるのは、好景気の証。同じことは、嵐にもあてはまると考えられます。紅白での嵐の曲はメドレーが恒例ですが、過去3回歌われた『Happiness』など前向きで元気なイメージの曲が多い。『まつり』と同様に国民を元気づけてくれるのではないでしょうか」(宅森氏) 11月には天皇陛下の即位を祝う国民祭典で奉祝曲を披露した嵐は、文句なしの国民的人気グループだ。2019年の紅白では恒例のメドレーのほか、米津玄師が書き下ろした2020年NHK応援ソング『カイト』を初披露するという。消費増税で消費者の懐が痛んだ2019年ではあったが、最後は嵐の元気なステージで締めくくり、景気の良い新年を迎えたいものだ。
2019.12.29 11:00
マネーポストWEB
堀尾正明アナが語る紅白裏話、台本到着日程や宴会部長の名
堀尾正明アナが語る紅白裏話、台本到着日程や宴会部長の名
 空前のメダルラッシュとなったアテネ五輪や“冬ソナ”ブームに沸いた2004年。同年にNHK紅白歌合戦の総合司会を務めた元NHKアナウンサー堀尾正明氏が、知られざる紅白の舞台裏を語る。 * * * NHKのアナウンサーにとって、紅白の司会は入局と同時に胸に抱く目標。地方で経験を積んで東京へ出てきて知名度を築き、任されるまで15~16年はかかる夢の舞台なんです。第55回は紅組を小野文恵、白組を阿部渉の両アナが担当し、総合司会は出番が非常に多い予定だというので年長の僕が担当することになりました。歴代最もしゃべった総合司会だそうです。 最終台本が届くのは紅白の前日です。例年、大晦日の本番へ向け29日から3日にわけてリハーサルが行なわれますが、当時は29日に出演歌手が全員集まる「面接」があったんです。総合司会、紅組、白組、ラジオの司会者が4つのブースに分かれて皆さんと10分ずつ、その年の活動や意気込みを取材します。構成作家も同席していて、“〇〇さんはこんな年でした”など生の声が盛り込まれていきます。 30日に最終台本ができあがると自分の言葉で台詞を練り直します。アナウンサーにはカンペがなかったので、コーナーごとに自分が話すべきことや話したいことをメモにして持ち込みました。受信料不払い運動の渦中で言葉遣いにも随分気を配りましたね。準備に追われて紅白前日は眠った記憶がありません。 当日は朝からリハーサルに立ち合い、本番を迎えます。お弁当もありましたが、控え室にはアッコさん(和田アキ子)の特製おにぎりや北島三郎さんのおいなりさんといった差し入れがずらりと並んで人気でした。 2004年は、『マツケンサンバII』や五輪の公式ソングだったゆずの『栄光の架橋』で会場がひとつになった。韓流ドラマの全盛期で白組は冬ソナ主題歌、紅組は『美しき日々』の劇中歌を披露して、主演のイ・ビョンホンさんもゲスト出演しました。彼の出番は2分ほどでしたがプロ意識が高く、カメラ位置などリハーサルは1時間くらい入念にしていました。その後フリーになって民放で再会したら、「紅白ではありがとう。あの時の国民的な司会者でしょう?」と日本語で挨拶してくれました。 勝手知ったるNHKホールですが、当日はカメラが10台以上並んで、紅白特有の異様な空気に包まれる。言い間違いがあってはならないと緊張しましたし、「毎回1秒2秒遅れたら積もり積もって歌手ひとりぶんの時間になるんだから」ときつ~く釘を刺されました。ただ、僕はお客さんの反応がいいほど燃えるタイプ。裏では「堀尾を黙らせて~!」なんて始終、怒号が飛び交っていました(苦笑)。 一瞬たりとも気を抜けない本番ですが、いちばん大事だと言われたのがエンディング。『蛍の光』の大合唱が終わってピューンと金のテープが発射されるまでは緊張感を保てよ、と。11時45分に放送が終わった瞬間に舞台の撤収が始まり、その後は出演者もスタッフも食堂へ移動して300人近くで盛大に打ち上げをします。 年越しそばを食べたりお酒を飲んだりしながら、“宴会部長”の細川たかしさんがマイクを回すんです。新潟県中越地震でさっちゃん(小林幸子)が豪華な衣装を封印した年だったので、「今年は新潟の皆さんを想って地味にさせていただきました」とスピーチされたのを覚えています。賑やかな宴は朝4時頃まで続きました。 今日こうして久々に台本を手にしましたが、厚みは3センチ近くあるし重さが異常(笑い)。自分にとってはやはり特別で、紅白の台本だけは捨てられません。●ほりお・まさあき/1955年生まれ、埼玉県出身。1981年にNHKへ入局後、1993年から東京アナウンス室勤務となる。『NHKニュース10』『サタデースポーツ』『サンデースポーツ』などを担当。アテネ、トリノ五輪メインキャスターや第55回紅白歌合戦総合司会も務める。2008年にNHKを退職しフリーに。現在は『誰だって波瀾爆笑』(日本テレビ)、『キャッチ!』(中京テレビ)など多方面で活躍中。※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.22 07:00
週刊ポスト
八王子vs立川の多摩の覇権争い 「買って住みたい街」調査では八王子に軍配
八王子vs立川の多摩の覇権争い 「買って住みたい街」調査では八王子に軍配
 住んでみたい街の理想と現実には、得てして大きな差があるものだ。憧れのあの街は果たして本当に素敵な街なのか? まったくノーマークだけど、実は住みやすい街は? 今回は「八王子」(東京都八王子市)について、ライターの金子則男氏が解説する。 * * * 首都圏には大宮と浦和(埼玉県)、松戸と柏(千葉県)、高崎と前橋(群馬県)など、“因縁のライバル”とでもいうべき関係の街がいくつもありますが、東京多摩地区の立川と八王子もそのひとつ。互いに「多摩の中心地はこっち」と、覇権を争ってきましたが、近年は立川がやや優勢な印象です。2012年には「そごう」が去り、百貨店が消えた八王子ですが、このまま立川に差をつけられてしまうのでしょうか? 鉄道はJR中央線、八高線、横浜線、さらに少し離れて京王線の京王八王子駅があり、中央線と京王線の2つの経路で都心に向かうことができます。首都圏に雪が降るとテレビ中継が八王子駅前から行われるので“すごく遠いところ”と思われがちですが、京王線なら新宿までたったの370円。JRでも490円で新宿まで行けます。京王八王子は始発駅なので、座っての通勤も可能。中央線も始発列車があるので、こちらでも座って通勤することができます。 道路状況は悩ましいところです。駅周辺には国道16号と20号(甲州街道)と、東京近郊を代表する2本の主要国道が通っていますが、どちらもなかなかの混雑ぶり。中央高速の八王子インターも駅からは微妙に距離があり、週末などは時間が掛かります。ただ、圏央道の開通により、高速道路の利便性が飛躍的に向上し、行動半径が一気に広がりました。バス路線も大変充実していますが、車があればレジャーや買い物など、楽しみは何倍も広がるので、ぜひとも車は欲しいところです。◆「買って住みたいランキング」は2位 ある時期までは、立川など歯牙にも掛けなかった感のある八王子ですが、駅前の賑わいで言えば、現時点では立川に軍配が上がりそうです。立川には伊勢丹と高島屋、駅直結の商業施設「グランデュオ」があり、少し歩けばIKEAやららぽーともあります。 ただ、八王子も指をくわえて立川の発展を眺めているわけではありません。そのひとつが南口の開発です。八王子駅周辺は、北側が飲食店、オフィス、商業施設、公的施設などでにぎわう一方、南側にはほぼ何もなく、南北の賑わい方の差が強烈でしたが、10年ほど前に商業施設も入るタワマンが完成し、さらに複数の商業ビルがオープンして、南口にも活気が出てきました。 自然が豊富なのは言うまでもありません。高尾山までは電車で10分程度ですし、中央線に30分も乗れば、本格的な登山が楽しめます。釣り、ゴルフ、バーベキューなど、遊びの選択肢は豊富。立川には劣りますが、駅周辺で一通りの買い物は済みますし、飲食店も充実しています。醤油味の八王子ラーメンは、地元っ子の自慢のひとつです。 さらに街の人気を裏付けるのが、不動産・住宅情報サイトの「ライフルホームズ」が行った「データで見た買って住みたい街ランキング」という調査。この調査は、同サイトの検索・問合せ数から算出したものですが、2019年版で八王子は2位にランクイン。前年度も3位に入っており、ランク外の立川に大きく水を開けています。 また八王子が全国でも屈指の学生の街であることも、この街の明るい未来を想像させます。市内には20を超える大学があり、全国から毎年のように多くの若者が八王子にやって来ます。立川、町田、府中、多摩センターなど、学生が集う場所は色々ですが、中心となるのはやはり八王子です。市の人口はおよそ58万人(立川市は約18万人)で、政令指定都市入りも夢ではありません。 家賃相場はワンルーム・1K・1DKで5.66万円(ライフルホームズ調べ。11月14日時点)で、7.18万円の立川とは約2割の差。新築マンションの相場も同じく2割程度の差があります。ユーミン、北島三郎、将棋の羽生善治など、ゆかりの著名人も多く、地元愛が強いのも八王子の特徴。上述の調査どおり、じっくりと居を構えて、長いスパンで楽しみたい街です。
2019.11.23 13:00
マネーポストWEB
親子丼、天丼、海鮮丼…行列のできる激旨どんぶり都内6選
親子丼、天丼、海鮮丼…行列のできる激旨どんぶり都内6選
 食欲の空きを食べ尽くすのにピッタリなのがどんぶりもの。トロットロ、サックサク、ガッツリスタミナ満点……行列ができる都内の6店の激旨どんぶりを紹介しよう。◆進化を遂げた老舗の元祖親子丼 『玉ひで』(人形町) 極意(贅沢三昧親子丼) 創業259年。将軍の前で鶴をさばく「御鷹匠仕事」をしていた山田鐵右衛門が開いた軍鶏料理店が「玉ひで」のはじまり。名物の親子丼は、明治20年頃に5代目の女将が創案した。 伝統を守りつつ、味は進化する。5月から60年ぶりにメニューを一新した。5種類の親子丼のうち最上級の「極意」は定番の親子丼に、2時間かけて低温調理した熟成ささみをトッピング。さらに鶏粉と烏骨鶏の生卵がついた贅沢三昧の丼だ。まずはささみを溶き卵につけて鶏本来の旨味を味わい、親子丼を食べすすめたら、途中で鶏粉や溶き卵をかけて味の変化を楽しみたい。老舗の「極意」がつまった逸品だ。【玉ひで】住所:東京都中央区日本橋人形町1-17-10営業時間:昼 親子丼11時半~13時半(13時半までの来客で終了)、昼膳・コース11時45分~14時半(13時半L.O.)、夜17時~22時(21時L.O.)※休日は昼のみの場合もあるので要問い合わせ休:月(月が祝日の場合は翌日が定休)、年末年始◆溢れ出るイクラの豪快なぶっかけに興奮! 『原始炭焼 いろり家』東銀座本店(東銀座) 船上めし(並盛り)「よいしょ!」。看板メニュー「船上めし」の注文が入ると、北島三郎の『まつり』が流れ始め、店員全員の威勢のよい掛け声が響き渡る。太鼓の音と掛け声のリズムに乗り、キラキラと輝く大量のイクラが豪快に茶碗にぶっかけられ、こぼれ落ちていく。注文客も「よいしょ!」と元気な声を上げると店員のテンションが上がり、盛る量も多くなる。 これでもかと流れてくるイクラの波を受け止めるのは北海道産米「ななつぼし」。口の中でプチプチと弾ける大粒イクラからは旨味が溢れ出し、程よい甘味のご飯との相性も抜群。海鮮炉端焼店だが、年間2トンのイクラを仕入れ、毎夜の“イクラ祭り”を盛り上げている。【『原始炭焼 いろり家』東銀座本店】住所:東京都中央区銀座3-11-11 銀座参番館2 B1営業時間:月~金18時~翌3時、土・日・祝17時~23時休:不定休◆炭火で焼くヒレ、サーロイン、ローストビーフの贅沢な黒毛和牛丼『神楽坂翔山亭』黒毛和牛贅沢重専門店神楽坂本店(神楽坂) 黒毛和牛贅沢重(松) 高級焼肉店が母体の黒毛和牛贅沢重専門店。A5ランク以上の厳選した黒毛和牛のみを使う「黒毛和牛贅沢重」のメニューは3種類(松、竹、梅)。いずれにもしっとり艶めかしいローストビーフ、旨味たっぷりの牛しぐれ煮が入るが、人気の高い「松」(写真)にはさらに炭火で焼いた香ばしいヒレとサーロインが加わり、別皿で登場するサーロインの炙り握り1貫、牛そぼろ肉入り焼きしぐれ味噌が脇を固める。 様々な部位の肉の旨味を一度に堪能でき、まさに贅沢な一品。最初はそのまま、次は黄身だれやワサビで、最後に刻み海苔とダシでお茶漬けに。風味の変化を演出する趣向も楽しい。【『神楽坂翔山亭』黒毛和牛贅沢重専門店神楽坂本店】住所:東京都新宿区神楽坂3-1 桂ハイツ1F営業時間:11時~20時半(L.O.)※予約不可。使用部位は異なる場合もある休:12月31日、1月1日◆ネタがはみ出すボリューム天丼『金子半之助』(日本橋)江戸前天丼 連日行列が絶えない江戸前天丼の超人気店。創業者・金子真也氏が2011年に日本橋本店をオープン、いまや国内外に20店舗以上を展開する。店名は、祖父・金子半之助の名前。和食界の重鎮で調理師だった半之助から、真也氏が「秘伝の丼たれ」のレシピを引き継ぎ、天丼を完成させた。ネタは毎朝、豊洲市場で仕入れる。穴子、海老(2尾)、小柱とイカのかき揚げ、卵、海苔、シシトウとボリューム満点。卵を割るとトロトロの黄身が溢れ出す。和食をこよなく愛し「天ぷらは庶民の食べ物」と言い続けた半之助の想いを引き継ぎ、安くて旨い天丼を提供し続ける。【金子半之助】住所:東京都中央区日本橋室町1-11-15営業:月~金11時~21時半(L.O.)土・日・祝10時~20時半(L.O.)※並び状況でL.O.が早まる場合あり休:年末年始、不定休◆ウニ、イクラ、キャビアの贅沢三昧『十番右京』(麻布十番)贅沢!海の宝石 おちょこ丼3個セット 麻布十番の予約困難な居酒屋「十番右京」。約100品の料理と約250種類の和酒がそろう。なかでも日本酒は常時80種類と充実。気軽に飲めていろんな料理を楽しめるうえ、〆のご飯も充実しているとあって、著名人も多く訪れる有名店だ。 名物はすりおろしたトリュフが贅沢にのった「トリュフたまごかけご飯」だが、ウニ、イクラ、キャビアを同時に楽しめる「おちょこ丼」も人気だ。北海道産の塩イクラとウニ、イタリア産のキャビアの高級食材を少しずつ味わえるのがうれしい。ボリュームはそれぞれ大きめの握り寿司ほどで、酒の肴にぴったりだ。【十番右京】住所:東京都港区麻布十番2-8-8営業時間:月~木17時~翌2時、金・土・祝前日17時~翌4時、日17時~23時半※翌日が祝日の場合は日曜も祝前日営業。翌日の祝日は23時半までの営業。食材がなくなり次第、閉店することもある休:年末年始◆創業98年の名店が焼き上げた珠玉の焼鳥丼『伊勢廣』京橋本店(京橋) 焼鳥5本丼 映画監督の小津安二郎がこよなく愛した焼鳥専門店の老舗。1921年の創業当初から鶏肉をはじめ、すべての食材を吟味してきた。ランチの名物「焼鳥5本丼」は、ディナーで人気の5串をセレクト。中でも人気の高いのは、余計なつなぎは一切使わず、鶏肉の旨味を存分に味わえる「団子」。麻の実が織りなすプチプチとした食感が堪らない。 もちろん戦後から継ぎ足してきた秘伝のタレが味を引き立てる「もも肉」、おろしたてのワサビを添えた「ささみ」、絶妙な焼き加減で噛むごとに旨味が口の中に広がる「皮身」、臭みのないしっとりとした「レバー」、いずれも姥目樫備長炭でじっくりと焼き上げた珠玉の焼鳥ばかりだ。【『伊勢廣』京橋本店】住所:東京都中央区京橋1-5-4営業時間:月~土11時半~14時、16時半~21時(土のみ~20時半)休:日・祝◆撮影/岩本 朗、中庭愉生、内海裕之 取材・文/戸田梨恵、上田千春、小野雅彦※週刊ポスト2019年11月8・15日号
2019.11.08 16:00
週刊ポスト
盛大な「お別れの会」に多くの人が駆けつけた
ジャニー喜多川さん、意味深な誕生日会写真を読み解く
「ジャニーさん、ハッピーバースデー!」。50人近い所属タレントがそう声をそろえたかと思うと、手拍子をし、体を揺らしながら、『ハッピーバースデートゥーユー』を歌う。 その中心にいたのは、ジャニー喜多川さん(享年87)だった。大きなバースデーケーキを前に、ジャニーさんは、はにかみながらもうれしそうな表情を浮かべ、それまでの人生を振り返り、「八十何年生きてきて、今日がいちばん楽しい」と口にした。 その言葉を聞いて、タレントたちもうれしそうに笑う。タレントをわが子のように愛し、タレントからは父のように慕われた関係は、まさに唯一無二のもの。 大型スクリーンに映し出されたその映像は「お別れの会」の「関係者の部」に出席した約3500人に、絆の強さを見せつけるものだった。参列者の1人が言う。「まさか、ここまでの会になるとは思っていませんでした。プライベートの映像も用いて裏方に徹してきたジャニーさんの人物像、功績を参列者に伝えようという意図がしっかり伝わってきました。何より、ジャニーさんとタレントたちの素顔を初めて見ることができました」 9月4日、ジャニーさんのお別れの会が盛大に営まれた。会場となったのは東京ドーム。お別れの会の場として使われるのは今回が初めて。案内状のない人でも参列できる「一般の部」にも約9万人が詰めかけて生前をしのぶという、史上最大の規模となった。◆北島三郎、カズ、黒木瞳らも参加 ジャニーズ事務所と袂を分かつことになったタレントの参列はどうなるのかと取り沙汰されたが、多くが姿を見せていた。44年前に電撃移籍した郷ひろみ(63才)、シブがき隊の薬丸裕英(53才)と布川敏和(54才)、ジャニーズの黎明期を支えた光GENJIの大沢樹生(50才)、佐藤寛之(48才)、赤坂晃(46才)。KAT-TUN時代に解雇された田中聖(33才)など30人以上がジャニーさんに「さよなら」の言葉をかけた。「薬丸さんは、仕事があったのか開始時刻には間に合わなかったようで、遅れて会場入りしていました」(スポーツ紙記者) ほかにも、黒柳徹子(86才)と久米宏(75才)の『ザ・ベストテン』コンビや、北島三郎(82才)や武田鉄矢(70才)、泉ピン子(72才)に和田アキ子(69才)といった大御所も駆けつけていた。「サッカーの三浦知良さん(52才)も参列しました。フランスW杯直前で代表メンバーから外された時、メディアにもみくちゃにされると心配したジャニーさんが自分の所有するマンションを“隠れ家”に使っていいよと言ったほどの仲。奥さんのりさ子さん(51才)も一緒に来ていました」(前出・参列者) 元タカラジェンヌの姿もあった。「大地真央さん(63才)と黒木瞳さん(58才)は会場で待ち合わせをしていたようで、『待った?』などと言葉を交わし、隣同士に腰掛けて、ジャニーさんとの思い出話に花を咲かせていました」(別の参列者)◆中居が中央で笑う意味深な写真 会は定刻の11時に始まった。会場に『ネバー・マイ・ラヴ』が流れる。「ジャニーズ」のデビュー曲として用意されたものの、他者によって世に知らしめられ、その後、ジャニーズタレントたちがカバーしてきた名曲だ。 曲に聞き入っていた参列者たちが驚いたのは、スクリーンに映し出された映像だった。「映像は、ジャニーさんの跡を継いで裏方に回った滝沢秀明さん(37才)が制作したもの。長さは10分間ほどで、東山紀之さん(52才)によるナレーションがつけられていました」(芸能関係者) ジャニーさんがプロデュースしたコンサートや舞台の映像の後に、冒頭のシーンに移った。貴重な肉声が残されていたその映像は、3年前のジャニーさん、85才の誕生会のもの。ジャニーさんが近藤真彦(55才)と中居正広(47才)に手を取られながら歩く姿も見られた。「映像の中央で中居さんは笑って映っていました。当時はSMAPが解散することを発表した後のことだったので、貴重な写真を流すんだとびっくりしました。しかも、SMAPのほかのメンバーは映っていない。事務所に残った木村拓哉さん(46才)の姿もありません。なんとも意味深な写真でした」(前出・芸能関係者) その日も実は、微妙な距離感だった2人。一部では、中居と木村は「緊迫だった」、「目も合わせていなかった」と報じられた。「近藤さんの挨拶の時のことを言っているのだと思います。タレントたちは2列になって、グループ単位で固まりましたが、基本的に年功序列で内から外の順に並んでいました。 近藤さんの脇を植草克秀さん(53才)と佐藤アツヒロさん(46才)が固め、植草さん側に岡本健一さん(50才)と中居さん、佐藤さん側に木村さんが並びました。錦織一清さん(54才)は仕事で欠席でした。2人の間に4人いましたが、あくまで“ルール”に則った並び順でした」(前出・スポーツ紙記者) ただ、緊張感のようなものはあったという。「SMAP解散以来、一緒に仕事をしていない2人が、ほんの少しの距離を置いただけで、同じ空間にいるわけですからね。この会はすべてをオープンにすることによって、ジャニーさんと“子供”との絆を表したかったのでしょう」(前出・芸能関係者)※女性セブン2019年9月26日・10月3日号
2019.09.12 16:00
女性セブン
小林幸子を「どん底」から救ってくれた北島三郎の言葉
小林幸子を「どん底」から救ってくれた北島三郎の言葉
 事務所の「お家騒動」によってマスコミから大バッシングされ、一時はテレビ出演どころか新曲も出せない窮地に陥った小林幸子(65)。そんな「どん底」から復活した小林の胸に響いたのは、サブちゃんこと北島三郎の言葉だった。小林幸子の短期集通連載の第4回は、苦境を脱して初めて気付いたことについて、総括する。 * * * 振り返ってみると、人生、本当にいい時ばかりじゃありませんよね。でも、辛いことのほうが多かったかと聞かれれば、絶対にそうではありません。 もちろん、泣きたいこともありました。でもそんな中にも、楽しいことは必ずあるものなんです。逆に言えば、周りから幸せそうに見えていたって、当の本人には辛いことだってある。皆さんもそうじゃないでしょうか。 10年近く前の事務所トラブルの時も、「辛くなかった」と言えば、正直、嘘になります。スタッフの退社をめぐり、一時、マスコミから激しいバッシングを受けるなど、ちょっとした騒動になりました。 マスコミの風当たりは強く、所属していたレコード会社からの新曲リリースも保留となりました。「CDを出せない」というのは、歌手にとって死亡宣告を受けたようなものですから、その時は絶望のどん底。にっちもさっちもいかなくなりました。 それでも、さだ兄(さだまさし)に新曲を作ってもらったり、インディーズレーベルを立ち上げたりと、何とかこの窮地を脱することができました。◆人生の寄り道や道草は決して無駄じゃない 2011年の出場を最後に、紅白からも遠ざかっていたのですが、2015年に『千本桜』で特別出演を果たします。4年振りのことでした。 その時、オヤジさんから(北島三郎さんのことをこう呼ばせてもらっているのですが)こう言われたんです。「なあ、幸子。いろんなことがあったけど、この3年間は道草してたと思え。道草ってなあ、楽しいぞ」 本当にそうだよなァ。オヤジさんの言葉は、胸に染みました。『おもいで酒』が200万枚を超えるヒットになって以降、私は舗装された高速道路を無自覚に走ってきました。そしてここから見える風景だけがすべてだと思っていました。 でも、突然、高速道路から降りることを余儀なくされてしまい、私は未舗装のデコボコ道を進まざるを得なくなりました。ハンドルを握るのも大変。寄り道に回り道、時間もかかります。 ところが、ふと冷静になって周囲の風景を眺めてみると、これが素敵なんです。えっ、こんな美しい場所があったの? と、この年になって知った。 高速道路を降りなければ気づかなかったことです。たしかにお膳立てされた高速道路は走りやすいし、時間もかからないけれど、目に入る景色はいつも一緒。安定しているけれど、驚きはありません。 下の道は、デコボコだけれど、驚きの連続でした。そして何より、「自分で切り拓いていく」という面白さがありました。しかも、この寄り道のおかげで、私はたくさんの人に出会えたし、たくさんの経験ができた。オヤジさんはわかっていた。人生の寄り道や道草が、決して無駄じゃないことを。「ひとつ、いつもと違う角を曲がればそれはもう旅の始まり」。これは尊敬する永六輔さんの言葉。ようやく、この言葉の意味を実感しています。 高速道路を走っていれば、角はありません。高速を降りたことで、私は初めて角を見つけた。角を自由に曲がる面白さを発見した。で、曲がってみる。寄り道です。でもここから新しい旅が始まる。これってワクワクしません?※小林幸子・著『ラスボスの伝言~小林幸子の「幸」を招く20のルール』より抜粋
2019.06.29 16:00
NEWSポストセブン
平成の紅白は挑戦の連続だった(2018年の紅白に出場したDA PUMP)
平成の紅白歌合戦 打ち切り説を乗り越えた挑戦の歴史
 元号が平成から令和に変わる直前の4月29日、NHKで『総決算!平成紅白歌合戦』が放送された。平成元年から平成30年までの紅白歌合戦をVTRで振り返りながら、第1部では北島三郎、松田聖子、嵐という歌手たちが、第2部では内村光良、バナナマン、出川哲朗、渡辺直美という芸人たちがそれぞれの想いを語った。はたして平成の紅白歌合戦はどのように総括されるのか。「平成の紅白歌合戦は視聴率との戦いだった」と語るのは視聴率研究家でライターの岡野誠氏だ。同氏が、“平成の紅白歌合戦”を振り返る(文中で肩書きは当時。視聴率はビデオリサーチ調べ/関東地区)。 * * * 平成が始まった年、“紅白打ち切り”は現実味を帯びていた。〈本当は今年で最後にして、なくしたい気持ちだ〉(朝日新聞・平成元年9月29日付) 平成元年4月に就任したNHKの島桂次会長は、9月13日の定例記者会見で紅白歌合戦についてこう言及している。 視聴率70~80%台という驚異的な人気を誇っていた大晦日の風物詩は昭和60年代に入ると、急激に数字を落としていた。都はるみの引退、チェッカーズの初出場などで沸いた昭和59年の78.1%から、60年は66.0%に下落。白組司会の加山雄三が少年隊の『仮面舞踏会』を『仮面ライダー』と間違えて紹介したことが話題になった61年には59.4%、62年は55.2%、63年は53.9%とわずか4年で24.2%も激減していた。 いつの時代も、権威の急速な衰えは大きな話題になる。昭和63年の紅白歌合戦を伝える記事の見出しには、こんな言葉が並んでいた。〈NHK「紅白歌合戦」の視聴率がまたダウン〉(読売新聞・昭和64年1月3日付)〈「紅白」関東では過去最低の視聴率〉(朝日新聞・昭和64年1月3日付) この延長線上に、冒頭の島会長の発言があり、打ち切りが囁かれたのだ。平成元年、“昭和を振り返る”という名目もあり、紅白は開始時間を従来の21時から19時15分に改め、初の2部制を敷いた。しかし、視聴率47.0%(2部。以下同)と初めて50%を割ってしまう。島会長は〈公共放送にふさわしい大みそかの番組を職員とともに開発していきたい〉(朝日新聞夕刊・平成2年1月8日付)と紅白に代わる題材を模索した。 結局、めぼしい代案がなかったため、平成2年も紅白は2部制のまま存続。島会長は現場にこんな要求をしていたという。〈紅白のネーミング、大枠は残すにしてもマンネリ化は困る。歌を取り巻く現在の環境も変わっている。新しい時代を反映したものをどこまで出せるか?〉(日刊スポーツ・平成2年10月13日付) 同年、東西統一を果たしたドイツ・ベルリンからの中継で出演した初出場の長渕剛が予定の10分を大きく上回る17分30秒も歌って物議を醸す。23年ぶりに出場した植木等の『スーダラ伝説』も視聴者を呼び込み、51.5%と回復。それでも、島会長は〈外国からの中継を取り入れたりニューメディア時代じゃなきゃできない内容だったが、基本的には変わってないな〉(日刊スポーツ・平成3年1月10日付)と手厳しかった。 だが、平成3年7月に島会長が辞任したことに伴い、流れが変わる。代わって会長の座についた川口幹夫氏は、就任会見で紅白の継続について聞かれると、〈島前会長は「やめる」とかなり強く言っておられたようだが(笑い)、私もやめてもいいと思っている。時代が変われば番組が変わるのは当然。50%の視聴率を取っているし、新しい紅白の誕生を現場に求めています〉(日刊スポーツ・平成3年8月1日付)と存続とも打ち切りとも取れるコメントをしていた。 その後のインタビューで紅白について問われると、こう発言した。〈判断は現場にまかせます。僕らが作っていたころは、会長からは何も言われなかった。現場のやる気を生かすのが、一番いいんです〉(朝日新聞夕刊・平成3年8月23日付) 平成3年も、視聴率51.5%と前年と同じ数字を記録。紅白打ち切り説は消えていった。 以降、平成4年(1992年)は朝ドラ『ひらり』の主題歌『晴れたらいいね』を歌ったドリームズ・カム・トゥルー、ラストステージのチェッカーズ、コンドームパフォーマンスの本木雅弘などが話題を呼んで55.2%、平成10年(1998年)は安室奈美恵の復帰ステージ、初のミリオンセラー『夜空ノムコウ』を披露したSMAP、途中からマイクを通じてではなく地声で歌った和田アキ子などが視聴者の目を引き付けて57.2%を記録。平成11年(1999年)までは50%台を保っていく。 視聴率の安定していた紅白に、再び危機が訪れる。平成12年(2000年)48.4%と11年ぶりに40%台に下がると、4年後には39.3%と初の30%台に突入。この年の視聴率年間1位だったが、メディアはこんな見出しをつけた。〈NHK「紅白」39.3% 海老沢会長窮地、「史上最高」のはずが視聴率史上最低〉(スポーツニッポン・平成17年1月3日付)〈NHK「紅白歌合戦」史上最悪視聴率39.3% K-1は20.1%〉(スポーツ報知・平成17年1月3日付) この年以降、ネットテレビやSNS、スマートフォンなど地上波テレビのライバルが激増していく流れを考えれば、さらに視聴率が下がってもおかしくなかった。しかし、“平成後半の紅白歌合戦”は毎年40%前後に踏みとどまっている。『テレビ離れ』が叫ばれる中で、実に驚異的なことである。 総世帯視聴率(HUT、調査対象の中でテレビを付けている世帯の割合)と比べると、凄さがわかりやすい。【年/ゴールデンタイムの年間HUT/紅白視聴率】・平成16年(2004年)/67.9%/39.3%・平成23年(2011年)/63.9%/41.6%・平成30年(2018年)/60.6%/41.5% 平成16年と30年で、ゴールデンタイムの年間HUTは7.3%減少するも、紅白は2.2%増加しているのだ。 なぜ、平成後半も紅白は40%前後の高視聴率を保てたのだろうか。島会長が指摘していた〈マンネリ〉の良い部分を残しながらも、毎年のようにサプライズを仕掛け、従来のNHKの慣習を少しでも打ち破ろうとする演出側の挑戦が見逃せない。 平成16年に初の30%台に落ちると、それまで4年連続で続けてきた局アナだけの司会を辞め、平成17年はみのもんたを抜擢。過去にも古舘伊知郎や上沼恵美子など民放の人気司会者の起用はあったが、彼らはNHKでレギュラー番組を持っていた。しかし、『みのもんたの朝ズバッ!』(TBS系)、昼の『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ系)など民放でレギュラー番組9本を持っていた超売れっ子も、衛星放送を除けばNHKでの司会は初。その効果もあってか、この年は42.9%と数字を戻す。 平成22年(2010年)以降、NHK連続テレビ小説(朝ドラ)出演者がほとんど毎年、司会に名を連ねていることも大きな変化の1つだ。過去にも昭和40年の林美智子、昭和61年の斉藤由貴、平成4年、5年の石田ひかりと朝ドラヒロインを抜擢していたが、今ではもはや定番となっている。司会者だけには留まらず、平成25年の『あまちゃん』のように朝ドラコーナーも組み込まれている。 平成27年(2015年)には、タモリとマツコ・デラックスという大物タレントを審査員ではなく、中継で繋いだ。平成29年の欅坂46、平成30年のDA PUMPの歌唱時には、司会の内村光良が一緒に踊った……。挙げれば切りがないほど、毎年新しい演出を試みている。 昭和の頃ならタブー視されたこともあるだろうし、「NHKらしくない」「自局の宣伝ばかり」という批判も浴びている。公共放送であるNHKが視聴率を狙い過ぎという指摘も見受けられる。 他番組はさておき、紅白に関しては昭和から年間1位を続け、平成になって1位から陥落した年もあったものの、上位に残り続けている歴史を考えれば、今さら視聴率を完全に無視した構成にすることはないだろう。 むしろ、視聴率を気にしたからこそ、“平成の紅白歌合戦”は芸能界やテレビ界、視聴者の変化そのものを現し、日本のテレビ番組における象徴的な存在となったのではないか。 振り返れば、平成初期の島会長の〈マンネリ化は困る〉という精神は、今も紅白演出の根底にあるように感じる。昭和から続く良い慣習を残しながら、時代に合わせたアレンジを加えて生き延びた紅白歌合戦。令和になっても進化を続けるか。●文/岡野誠:ライター・芸能研究家。研究分野は松木安太郎、生島ヒロシ、視聴率、プロ野球選手名鑑など。最近は角川博チェックにも余念がない。本人へのインタビューや関係者への取材、膨大な資料の緻密な読解を通して、田原俊彦という生き方を描いた著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)が話題に。
2019.05.03 16:00
完熟フレッシュが実食レポ インスタ映えな「こぼれゴハン」
完熟フレッシュが実食レポ インスタ映えな「こぼれゴハン」
「インスタ映え」が盛んに叫ばれるなか、こぼれ落ちるほどた~っぷり盛り付けた目でも舌でも楽しめる料理ばかりを大紹介! 親子漫才で人気の完熟フレッシュが実食レポートします。【プロフィール】完熟フレッシュ■父・池田57CRAZYと、娘・池田レイラの、実の父娘から成るコンビ。成長期真っ只中のレイラは中学2年生。『スッキリ』(日本テレビ系)などで食レポも。■原始炭焼 いろり家 東銀座本店住所:東京都中央区銀座3-11-11 銀座参番館2 B1階 店内に北島三郎の『まつり』が流れ、太鼓の音と「よいしょ!」の掛け声と共に、イクラが何度も注がれる。『船上めし』(大 3758円)は、厳選された味付けイクラが約300gも!「口の中でプチプチ弾けて、のどを通る瞬間みずみずしい。こんなに食べたことない!」とレイラも太鼓判。半分食べたら、だしをかけてお茶漬けにしてどうぞ。■板前寿司 江戸住所:東京都港区赤坂3-9-2 No.R赤坂見附1階 かっぱ巻き2本の上に、イクラ、ウニ、ねぎトロ、かにがのった『こぼレインボー寿司』(3218円)の豪快さに仰天!「んー! かにの身がふわふわしてる~」(レイラ)「カニカマとは大違いだね。ウニがクリーミーで震える!」(池田57CRAZY)「生まれてくる家、間違えたーーっ!」(レイラ)※女性セブン2019年2月14日号
2019.01.31 16:00
女性セブン
TV局が“年末三が日”の特番強化 「復活で感動」狙う番組多い
TV局が“年末三が日”の特番強化 「復活で感動」狙う番組多い
 平成最後の年末、テレビ各局もかなり力を入れているようだ。その番組をチェックしてみると、ある特徴が見えてきた。コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。 * * * 2018年最後の3日間となる29~31日は、土曜、日曜、大みそかで、「例年より3連休になる人が多い」と言われています。 そんな暦のめぐり合わせを受けて各局は、“正月三が日”と同レベルの力が入った特番を制作。言わば、テレビ業界にとって2018年の29~31日は、“年末三が日”と言えるものほどのチャンスなのです。 さまざまな特番がある中、注目は“番組、人、物の復活”をフィーチャーしたものが多いこと。 29日には、1998~1999年に放送されていた『8時だJ』(テレビ朝日系)が20年ぶりに復活。年内で芸能界引退する滝沢秀明さんのほか、嵐、関ジャニ∞、生田斗真さん、山下智久さん、風間俊介さんらが集結し、「最初で最後の大同窓会」が開かれます。 さらに、『明石家さんまのご長寿グランプリ2018』(TBS系)も放送。同番組は『さんまのスーパーからくりTV』(TBS系)内で2002年まで放送された人気コーナー「ご長寿早押しクイズ」を復活させたものです。◆DA PUMP、サブちゃん、井岡一翔… 続く30日の注目は、『第60回輝く!日本レコード大賞』(TBS系)。なかでも注目は、2004年以来14年ぶりに優秀作品賞に選ばれたDA PUMP。『U.S.A』が大賞を獲得したら、年の瀬にふさわしい特大級の復活ストーリーとなるでしょう。 また、『ニッポンの技で世界を修理 世界!職人ワゴン』(テレビ東京系)は、「世界中の故障や破損した物を日本の職人が復活させる」という特番。『プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達』(TBS系)は「再びプロ野球選手に復活できるか」を追うスポーツドキュメンタリーです。 今年最後の31日には、『第69回紅白歌合戦』(NHK)に北島三郎さんが5年ぶり出演。『まつり』を歌い、「ひさびさに紅白らしい紅白が復活した」と話題になりそうです。 民放では『平成最後の大晦日スペシャル!SASUKE2018&ボクシング井岡一翔世界タイトルマッチ』(TBS系)を放送。昨年大みそかに引退表明した井岡さんが復帰後初の世界戦に挑み、日本人初の4階級制覇を目指します。 年をまたいで放送される『CDTVスペシャル!年越しプレミアムライブ2018→2019』(TBS系)では、中居正広さんのMCが6年ぶりに復活。SMAP解散後、「大みそかの歌番組で中居くんを見られなくなった」と嘆いていたファンを喜ばせるでしょう。◆「一年の終わり」「平成最後」の視聴者心理 では、なぜ“年末三が日”に復活をフィーチャーする番組が集中したのでしょうか。 最大の理由は、日本中の人々が「一年の終わり」として区切りをつける時期だから。各局が「今年もいろいろあったけど、人や物がよみがえるシーンを見て感動したい」「勢いのある新しい番組より、だいたい理解している番組をゆったり楽しみたい」という視聴者心理を踏まえているのです。 特に今年は「平成最後」という、ひと際大きな区切りの年末。たとえば、もしDA PUMPがレコード大賞を受賞したら「平成最後の年に見事復活!」、井岡一翔さんが勝利したら「平成最後の年に4階級制覇で復活!」、北島三郎さんがサビの歌詞に「平成」を入れて替え歌にしたら、相当盛り上がるでしょう。 また、テレビ局にとっては、「仕事や学校が休みの人が多い上に、実家に帰省して家族がそろっている」ことが“三が日”の強み。復活をフィーチャーした番組は、どれも世代を超えて感情を共有しやすく、ファミリー視聴に適したものばかりです。「2018年をしみじみと振り返り、感動で締めくくりたい」という人は、前述した“年末三が日”の番組を積極的に選んで視聴してみてはいかがでしょうか。【木村隆志】コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本超のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。
2018.12.29 07:00
NEWSポストセブン
平成にカラオケで歌われた歌手ベスト10、8位は美空ひばり
平成にカラオケで歌われた歌手ベスト10、8位は美空ひばり
 多くの歌手やバンドが人気を博した平成の時代。もっとも歌われた歌手・バンドは誰なのか? 1994年4月~2018年10月の期間にもっともカラオケで歌われた歌手ベスト10を紹介する(第一興商通信カラオケDAM調べ)。【もっとも歌われた歌手ベスト10】第1位 浜崎あゆみ第2位 EXILE第3位 Mr.Children第4位 GLAY第5位 サザンオールスターズ第6位 倖田來未第7位 北島三郎第8位 美空ひばり第9位 B’z第10位 五木ひろし 平成を代表する歌姫・浜崎あゆみが1位に。トレンドウォッチャーのくどうみやこさんは、こう話す。「2000年代前半は、デコネイルや大きめサングラスなど、女の子たちのファッションリーダー的存在でした」 さらに、テレビ解説者でコラムニストの木村隆志さんはこう分析する。「“難しい曲を作ろう“というのが平成の制作陣。キーの高いものが多く、難しい歌に挑戦する人が続出しました」 曲数の多い浜崎あゆみ、ミスチル、サザンオールスターズなどの曲がよく歌われた。カラオケ配信される曲が増えたため、“○○しばり“など、同一歌手の曲しか歌わないパターンも増えた。※女性セブン2019年1月3・10日号
2018.12.27 16:00
女性セブン
NHK紅白歌合戦、特別枠に「要らない」と疑問の声出る
NHK紅白歌合戦、特別枠に「要らない」と疑問の声出る
 大晦日に放送されるNHK『第69回紅白歌合戦』。北島三郎、サザンオールスターズが出場することも注目を集めているが、彼らは特別枠での出場となる。この特別枠について異論を唱える声が出ている。 紅組、白組で出場する42組の歌手のほかに、北島、サザンの出場は追加で発表された。NHKはこの2組以外にも特別枠でサプライズを狙っているという。 NEWSポストセブンでは20日、「紅白 米津玄師、ドリカム、B’zにギリギリまで交渉か」とのタイトルの記事を配信。ドラマ『アンナチュラル』(TBS系)の主題歌『Lemon』が大ヒットし、一躍時の人となった米津玄師、連続テレビ小説『まんぷく』の主題歌を歌う『DREAMS COME TRUE』、2018年デビュー30周年のB’z側と、交渉を続けているという。 いずれも出場するなら特別枠ということになりそうだ。 ネット上では米津、B’zの出場には可能性は低いとする見方が多く、「いやぁ〜米津さんは出ないと思うな」「少なくともB’zや米津玄師は出場しないでしょ」との声が。ドリカムについてはこれまで何度も出場していることから、「別にドリカムはサプライズにもならない」との書き込みがあった。 特別枠についても否定的な意見が目立った。「特別枠必要? その時間を出演者が一曲フルコーラスで歌える時間に充てて欲しい」「特別枠ばっかりになるんだから、もうそもそも歌合戦というカタチをやめるべきね」 さらには、サザンが大トリ後の最終歌唱を務めることについても「普通に選ばれた方々を差し置いて、特別枠が大トリってどうなんだろう?」との主張もあった。 以前は、特別枠はなかったが、その始まりは2008年。美空ひばりさんの生誕70年にあわせて、小椋佳がひばりさんに提供した『愛燦燦』を歌ったのが最初だった。その後、2009年にスーザン・ボイル、矢沢永吉、2011年にレディー・ガガ、2014年に中森明菜、2017年に安室奈美恵さんらが出場している。 こうした特別枠を設ける背景とは?「NHK紅白の“弱体化”と無関係ではないでしょう。年々、影響力が弱くなる紅白は、すでに人気も知名度のあるアーティスト側にとっては、出場するメリットはほとんどないと言っていい。そんななかで、NHKはどうしても出てほしいアーティストに、この特別枠を用意するわけです。“海外からの中継でも”“スタジオからの中継でも”と、出場までのハードルを下げて交渉することもできますからね。また、特別枠は通常の出場歌手を発表してから、本番直前に発表することもできます。サプライズとしてインパクトを与えられますし、ギリギリまで交渉を続けることも可能です。そうした事情を考えると、今後、特別枠で出場する歌手はますます増えていくのではないでしょうか」(芸能関係者) いずれ出場歌手のほとんどが特別枠になったりして?
2018.12.25 07:00
NEWSポストセブン
北島三郎、紅白で『まつり』熱唱は戦後最長の景気拡張サインか
北島三郎、紅白で『まつり』熱唱は戦後最長の景気拡張サインか
 2018年大みそかの「第69回NHK紅白歌合戦」に、北島三郎(82)が特別出演することが決まった。2013年に史上初の50回出場を果たして紅白を「卒業」しているのだが、「平成最後の紅白でサブちゃんを見たい」という視聴者からの熱い要望を受け、5年ぶりに大舞台を盛り上げてくれるという。 51回目となる紅白で北島が歌うのは、代表曲のひとつである『まつり』だ。持ち味である豪快かつのびやかな歌声で自然の恵みへ感謝し、豊作と大漁を祝う威勢の良い楽曲だ。2013年末に最後の紅白として『まつり』を歌った時は、瞬間最高視聴率50.7%を記録するほど、視聴者の関心を集めている。 今回の特別出演は、紅白の盛り上がりだけにとどまらない影響があるという。景気とジンクスの関係に詳しい三井住友アセットマネジメントのチーフエコノミスト宅森昭吉氏によれば、「年末年始の景気に大いにプラスに働く可能性がある」という。宅森氏が語る。「北島三郎さんは過去50回もNHK紅白歌合戦に出演してきましたが、『まつり』を歌ったのはそのうち6回です。その6回ともすべて、景気は拡張局面にありました」『まつり』と、景気にいったい何の関係があるというのか。宅森氏は以下のように読み解く。「ご存じの通り『まつり』は大変威勢のいい曲で、景気の良い時でないと歌いにくい雰囲気があります。国民的な注目度の高い紅白の舞台で歌えるということは、景気が良いことの証です。2018年は日本列島が多くの災害に見舞われて自粛ムードになってもおかしくなかったが、日本経済にはそれを乗り越える力強さが見られたと考えられます」 過去の北島が紅白で歌った楽曲を振り返ると、バブル経済の崩壊が鮮明になった1992年と、東日本大震災があった2011年の紅白で歌われた『帰ろかな』は、故郷を想うしみじみとした楽曲である。 北島の紅白出演の発表とほぼ同時期に、2012年12月起点とする景気回復の長さが高度経済成長期の「いざなぎ景気」を超え、戦後2番目に長い景気回復となったと発表された。これが2019年1月まで継続すれば戦後最長となる。御年82歳のサブちゃんにはぜひともド派手なステージに大漁旗をたなびかせ、高齢化に悩む日本経済を元気づけてほしいものだ。文■森田悦子(ファイナンシャルプランナー/ライター)
2018.12.21 16:00
マネーポストWEB

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