薬丸裕英一覧

【薬丸裕英】に関するニュースを集めたページです。

すみれ父への報告が遅くなった
すみれ、父・石田純一への妊娠報告が薬丸裕英より後になった理由
 11月25日、女優で歌手のすみれ(31才)がかねて交際していた一般男性Aさんとの結婚を発表した。現在、すみれは妊娠中で、来春出産予定だ。幸せいっぱいのすみれだが、ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。常に石田純一(67才)の娘として渦中に巻き込まれてきたからだ。 石田には5人の子供がいる。学生結婚した最初の妻との子・いしだ壱成(46才)、2番目の妻である松原千明(63才)との子・すみれ、3番目の妻である東尾理子(46才)との9才の長男、5才の長女、3才の次女だ。 幼少時代の壱成は離婚した母とともに各地を転々として暮らし、石田の「隠し子」として騒がれた。また、石田はすみれの幼少時も世間を賑わせていた。すみれが6才だった1996年、不倫が発覚。妻子を捨てて家を飛び出した石田は、「不倫は文化」発言で大バッシングを受けた。「何の因果でしょうか、不倫が公になった日は、ちょうどすみが有名私立小学校を受験した当日でした。結果的に不合格になり公立小学校に通ったすみですが、当時は石田さんの発言が大々的に報じられており、クラスメートから『不倫の子』と呼ばれていじめられたそうです」(すみれの知人) 見かねた松原はすみれを連れてハワイに移住。それから約10年の時を経て、すみれが17才のときに父娘は再会したが、2人の間にあった距離はなかなか埋まらなかった。「すみは幼少期から思春期のほとんどを父親不在で過ごしただけに、石田さんと再会してからも大学進学などの節目以外には自分から石田さんには連絡しませんでした。2006年にモデルデビューし、日本で活動するようになってからも、『お父さんと会うと緊張する』と言っていました」(別のすみれの知人) しかし、すみれの複雑な思いに反し、芸能界で彼女は「石田ファミリー」の一員としての役割を求められるようになる。「理子さんの出産などを機にすみれさんも石田ファミリーとしての露出が一気に増えました。正直、石田さんへの仕事のオファーがひっきりなしにあるのは、やはり彼が家族のことをあけすけに話すのが面白いから。彼自身も“ファミリービジネス”に需要があることをよく理解しているはずだし、すみれさんも然り。彼女は自分が求められる役割を理解して、イベントやバラエティー番組に呼ばれるたびにプライベートの話題を提供した。でも父親に対する心の中の距離感は変わっていなかったようです」(テレビ局関係者) 石田とはつかず離れずの一方で、交際する男性には父親の影を重ねていたようだ。「すみは父親を見ているせいか、男性は浮気をするものと思い込んでいるフシがあって、周りから見ても恋人への束縛が強かった。お父さんへの呪縛からか、『いろんな女性にではなく、私だけに優しくして』との思いが強く、恋愛関係はなかなか長続きしませんでした」(前出・別のすみれの知人) そんなすみれの前に現れたのがAさんだった。「Aさんは誠実で真面目な男性で、こう言っちゃなんですが石田さんとは真逆のタイプです(笑い)。その一方でお金に無頓着で稼ぐということに執着せず、すみの家に転がり込むようにして同棲を始めたとか」(前出・別のすみれの知人) すみれの妊娠がわかったのは今夏だが、奇しくもこの時期は石田が世間を賑わせていた。昨年4月の緊急事態宣言時に沖縄のゴルフ場で新型コロナを発症し、ゴルフ場と宿泊先ホテルを臨時休業させて大バッシングを浴びた。しかし世の批判も何のその、この夏もノーマスクでのバー通いが報じられ、世間から大ヒンシュクを買っていたのだ。この騒動を横目に「結婚報告拒否」を決めたのがすみれだった。「やっぱりお腹の子にはできるかぎり自分と同じ道を歩ませたくないとの思いを強くしたようです。普通の家族に憧れている彼女は“石田ファミリービジネス”に自分の子供を巻き込みたくないと言っていましたね。『パパには言えない……』『パパに言ったらネタとして話されて、先に漏れてしまうかも』と悩んで、石田さんへの結婚と妊娠の報告に二の足を踏んでいたようです。 一方で小さい頃から親交があった薬丸裕英さん(55才)には夏の時点で妊娠を知らせていたそうです。実の父親よりもヤックンの方が早くおめでたを知っていたんじゃないかな(苦笑)」(前出・別のすみれの知人) 結局、すみれが父親に真実を伝えたのは結婚を公表する直前だった。「石田さんには11月に入ってからまず結婚の報告をして、さらに数日後に妊娠していることを伝えたようです。石田さんは“事後報告”にいたった娘の胸の内を知ってか知らずか、話を聞くや否や『えっ、その人で大丈夫?』と真顔で尋ねたそうです。アナタがそれを言うか!って感じですが、そこが石田さんの石田さんたる所以なんでしょう(苦笑)」(前出・別のすみれの知人) 一気に“2人”の新メンバーを迎えることになる石田ファミリー。石田に祖父の自覚は芽生えるか。※女性セブン2021年12月16日号
2021.12.02 19:00
女性セブン
右腕には秀美さんがプロデュースするブランドのブレスレットがキラリ
薬丸裕英が明かすジャニーさん秘話「陰でほめられていたらしい」
 ジャニーズ所属アイドルとして芸能界に入り、巧みな話術と、その人柄でいまや日本を代表するタレントとなった薬丸裕英(55才)。コラムニストで放送作家の山田美保子さんが、デビュー当時からコロナ禍による別れ、家族との絆まで、くわしく聞いた。 * * *全然踊れなかったのにオーディションに合格山田:先日、堀ちえみチャン(54才)と対談させていただいたら、ヤックンと石川秀美チャン(55才)がゴールインしたのは、ちえみチャンの家でのホームパーティーの帰り、「送っていってあげてね」と言った「私のおかげだと思う」と。薬丸:いやいやいや、それはたぶん、記憶違いですね。だって、あの頃はみんな、一緒に撮られることを恐れていたし、ぼくらは彼女たちの男性ファンから疎ましく思われていたから、バラバラに帰っていましたよ。人の記憶って、けっこう不確かですよ。ウチ(シブがき隊)の解散だって布川(敏和サン・56才)と本木(雅弘サン・55才)は違う理由を言ってますから(笑い)。まぁぼくはあえて語らずに棺おけまで持っていこうと思ってるんですけどね。山田:シブがき隊って活動期間は短くて、わずか6年なんですよね。薬丸:短いんです。ジャニーズでいうとV6は26年も同じメンバーで続けてきた……、すごいことですよ。後輩たちにしても、踊りのクオリティーとか、やる気とか、仕事に対する姿勢とか素晴らしいですよね。ぼくなんかが「ジャニーズ出身」と語るのは本当に申し訳ないです。山田:いえいえ、大人気でしたよ。あらためて入所のきっかけを教えていただけますか?薬丸:はい、小学館が出していた『マイアイドル』でも何度も語りましたけど(苦笑)、「あなたも、たのきんトリオ(田原俊彦サン・60才、近藤真彦サン・57才、野村義男サン・56才)のバックで踊りませんか?」という広告を見た地元の友達が応募し、書類審査で合格して「ひとりは嫌だからつきあって」と言われてついて行ったのがぼくなんです。山田:実は私、高1のとき、ジャニーズJr.の追っかけだったんですよ。薬丸:え? その頃、もう「ジャニーズJr.」って名乗ってましたか? ぼくら、最初にジャニー(喜多川)さん(享年87才)に会いにTBSまで行ったとき、たのきんトリオの出待ちをしていたファンのかたたちから、「あんたたち、ジャニっ子?」って聞かれたんですよ。そもそも、そんなに大勢の女性ファンを見たのも初めてだったし、「いや、違います」と言うしかなかった。 その日はジャニーさんにTBSの中を見学させてもらった後、「ユーもレッスン受けてみない?」って言われて。「ユー」も「レッスン」も意味がわからなかったんですけど、最後に食事代と交通費として1万円くれたんです。友達と分けても5000円ですよ。ぼくは小学5~6年生のとき、新聞配達をしてたんですけど、1か月にもらえたのが5700円。なのに、ここに来ただけで1回5000円! ソロバン勘定が反応しましたね(笑い)。 それから1年くらいブランクがあったんですが、突然、ジャニーさんから自宅に電話がかかってきて「ユー今度の日曜日、銀座の電通、来られる?」って。また「銀座」も「電通」もよくわからなかったんですけど、まぁ行ってみようと思って行ったら、マッチ(近藤真彦サン)がメインのCMオーディションでした。なんせ1年ぶりなんで全然踊れないし、いちば~ん後ろにいたんですよ。そうしたら振付師の西条満先生が「きみ、いちばん前に来て」って。しかたがないから前に行って、でもやっぱり明らかに周りの子より劣っていたのに、なぜか受かっちゃうんです。「勘違いしないで、そんな歌じゃないから」薬丸:その後『2年B組仙八先生』(1981年・TBS系)が1年続いて、それが終わる頃に、「ユーたち、5月にデビューするから」って。さらに「ユーだけ、ちょっと大河ドラマ出るから、NHK行って来て」と。学園ドラマの後に大河ドラマですよ(笑い)。まだマネジャーもついていないときに衣装合わせしてヅラ合わせして、『峠の群像』(1982年・主演:緒形拳・享年71才)に4話だけ出させてもらいました。ジャニーさんって、頭の中でタレントの未来像がパズルを組み合わせるようにできていて、先々、何枚パズルが加わっても、キレイに並べてしまうようなかたなんですよね。山田:先見の明ということでいうと、ジャニーさんがプロデュースされた曲は、いまも後輩の皆さんたちに歌い継がれています。ジャニーズに“トンチキソング”と呼ばれるジャンルがあるのをご存じですか? シブがき隊の曲だと『スシ食いねェ!』とか『サムライ・ニッポン』ですね。薬丸:トンチキ?(笑い)いわんとしていることはわかりますよ。『スシ食いねェ!』は今年1月、『みんなのうた60』(NHK)でNEWSが歌うっていうとき、まっすー(増田貴久クン・35才)が「大切に歌わせていただきます」ってメールくれたんで、「勘違いしないで、そんな歌じゃないから」って返信したら、そのとおりオンエアで話しちゃって(笑い)。やっぱりぼくらはコミカルな部分を担当してたと思うんですよ。その証拠に、ぼくらは1回もジャニーさんにコンサートの演出をしてもらったことがない。でも、歌の合間のトークはほめられていたらしいです。直接ほめられたことは一度もないけど。中居(正広)クン(48才)とかにもジャニーさんは「シブがき隊を観に行け」って言ってくれてたらしいんですが、トークコーナーが終わると、みんな帰っちゃった。山田:(爆笑)ジャニーさんのエピソードは尽きませんね。それにしても、「花の82年組」の皆さんが、いまも仲よしであることはすごいですね。薬丸:40年の歳月を経ても、みんなで集えることは、なんかすごくうれしいし、ありがたいことだなぁって。山田:それはやはり、ヤックンと(石川)秀美チャンご夫妻が核になっているからじゃないでしょうか。結婚後も、お仕事のオファーが星の数ほどあった秀美チャンが表舞台にお立ちにならないのは、もったいない気もしますが、すごいことだと思います。薬丸:ウチはふたりとも同じ考えなんですが、子育てや家のことを全部自分たちでしたいっていう想いがあったんですね。つまり、ベビーシッターさんやハウスキーパーさんのお世話にはならなかったということです。山田:5人も、お子さんがいらっしゃるのに? それは、すごいです!!岡江さんに毎年贈っていた花がすべて飾られていて薬丸:5番目の次女が生まれる4か月前も妻がぼくの誕生会を企画してくれて、岡江(久美子)さん(享年63才)をはじめ、『はなまるマーケット』(1996年~2014年・TBS系)の出演者やスタッフをお招きしたんですが、誰も(妊娠に)気づかなかった。番組で岡江さんが「いつ生まれるの?」って言うから、「もう生まれました」って言ったら、「ええ~~~~っ」みたいな(笑い)。あのときの岡江さんの顔は忘れることができません。『はなまる』が終わってからも、ゴルフに行ったり食事に行ったりしていたので、突然の訃報を聞いたときには夢なのか現実なのか、しばらくわからなかったほどです。 ご主人の(大和田)獏サン(70才)や娘さんの(大和田)美帆チャン(37才)のことがものすごく気になって、その後、ご連絡をさせていただき、ご自宅で手を合わせることが叶いました。ぼくが岡江さんの誕生日に毎年プレゼントしていたプリザーブドフラワーがすべて飾られていたんです。こんなに大切にしてくれていたんだと、岡江さんの気持ちがあらためて染みました。 一周忌の4月23日、美帆チャンが自ら出向いて岡江さんと仲のよかったかたやお知り合いのかたにコメント取材をして、全部自分で編集して、音楽も入れて、“リモート葬”というカタチで多くのかたに岡江さんを偲んでいただいたんです。岡江さんが追っかけをしていた真矢ミキさん(57才)もメッセージをくださったんですよ。山田:真矢サンの東京オリンピック開会式での凜々しい棟梁の姿、岡江さんに見ていただきたかったですね。コロナ禍で薬丸家はご家族同士の向き合い方に変化はありましたか?薬丸:やっぱり、こういう有事のときだからこそ絆が大切だなって。ウチは次男と三男がドイツにいて、ほかの家族はハワイにいることが多いこともあって、インターネットを駆使してつながれる時間を豊かなものにしようと思っています。これだけStayHomeが続くと心も疲弊するし体力も低下してしまうので、娘の友達のヨガの先生に“リモートヨガ教室”をやってもらって、家族でやったりもしています。あとは、とにかく言葉にして伝えようと。特に「ありがとう」はよく言うようにしています。あ、こんな美談にしちゃうと、「こいつ、イメージアップ狙ってるな」って言われちゃうといけないんで、トンチキソングの話のボリュームを多くしておいてください。山田:(笑い)シブがき隊の曲は名曲揃いですよ。私は特に『月光淑女!(ムーンビーナス)』が大好きです。薬丸:そういえば、このあいだ『バイキングMORE』(フジテレビ系)のCM中、ミッツ・マングローブ(46才)が、「『ドリーム・ラッシュ』は最高だ」って。山田サンもミッツも渋いところにいきますね。山田:宴会ができるようになった暁には、ナマで聴かせてください!【プロフィール】薬丸裕英(やくまる・ひろひで)/1966年2月19日生まれ。東京都出身。1981年TBS「2年B組仙八先生」に出演。翌年、「NAINAI16」でシブがき隊としてデビュー。その後7年間、数々の実績を残し1988年解散。ソロになってからは数多くのドラマ、バラエティー、コマーシャルなどに俳優・タレントとして幅広く活躍中!構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキングMORE』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。撮影/田中智久※女性セブン2021年8月19・26日号
2021.08.12 16:00
女性セブン
フォロワーも多い木下優樹菜。根強いファンがいる(写真は昨年6月)(写真は今年6月)
木下優樹菜、引退の裏に妻子ある2人の男性との同時不倫か
 7月6日、木下優樹菜(32才)が芸能界からの引退を発表した。姉が働いていたタピオカドリンク店の店主に恫喝めいたメッセージを送っていたとされる、いわゆる“タピオカ騒動”で2019年11月に芸能活動を自粛。今月1日の芸能活動再開宣言は、本人としては満を持してのものだったに違いない。《今はただ目の前の出来る事をコツコツと私らしく頑張っていきたいと思っています》とコメントし、所属事務所も《失われた信頼の回復のため、全力で努力して参りますので、どうかご理解をいただけますと幸甚です》としていた。 ところが5日後には事務所は《同人との信頼関係を維持することが著しく困難であると判断し》木下からの引退申し出を受け入れて、契約を解除したという。 急転直下の展開だが、伏線はあった。復帰宣言を受けて芸能界の重鎮らが、こぞって非難の声を上げたのだ。その大半は、木下が件のタピオカドリンク店に謝罪をしておらず、和解に至っていないことを問題視したもの。和田アキ子(70才)は「普通、和解してから芸能界復帰するんじゃないの」と首をかしげ、ヒロミ(55才)も和解がなければ、仮に共演してもその話題に触れることもできないと指摘。薬丸裕英(54才)も「復帰は時期尚早なんじゃないかな」と語っていた。 ネット上で見つかるのも、「なんで活動再開?」「見たくない」といった声ばかり。「想像以上のバッシングに、優樹菜は心が折れたと言っています」と言うのは木下の知人だ。「優樹菜は、インフルエンサーやモデルとしてもう一度活躍できると思っていたし、YouTuberになることを推奨する声もありました。でも、簡単ではなかった。考えも甘かったですし、うまくいくはずがありませんでした」 そうした木下を近くで諭していたのが、昨年末に離婚した元夫の、フジモンこと藤本敏史(49才)だったという。離婚後も子供のために木下と同じタワーマンションの別の部屋に住む藤本は、当初から芸能界復帰には否定的だったようだ。「復帰宣言後、藤本さんの申し入れで緊急家族会議が開かれたんです。彼は、お金のことはおれがなんとかするから、とにかく子供のことを考えてほしいと言い聞かせていました。いま、復帰しても子供や周囲に迷惑をかけるだけだとも伝えたそうです」(前出・木下の知人) それでも木下は芸能活動に未練があったようだ。しかし、ついには事務所からも愛想を尽かされてしまう。「木下さんの復帰に向けて、事務所はかなり骨を折ったようです。ところが、活動再開宣言後に、あるメディアから、2人の男性との交際について問い合わせがあったそうです。男性はアスリートとミュージシャンで共に妻子ある身。不倫関係を問われた木下さんは、言いたいこともあったようですが、最終的には“もう辞めたい”と逆ギレしたとか。引退したらマスコミによる追及の声を黙らせることができるとも思ったのでしょう。事務所は守り切れないとさじを投げたんです。活動再開について関係各所に頭を下げていた事務所が、一転、信頼関係を維持できないと激怒する文書を発表しているんですから相当な怒りです」(芸能関係者) タピオカ騒動の当事者である姉は、妹の突然の引退を、どう受け止めているのだろうか。本誌・女性セブンが直撃すると「え!? そうなんですか?」と、木下とそっくりの声と口調で返してきた。しかし、その後は何を聞いても「わからない」の一点張り。 木下は500万フォロワーもいたインスタグラムのアカウントを引退発表後、即削除した。“タピオカ騒動”に“縦読み不倫騒動”、そのすべての主戦場であり、かつての晴れ舞台であるインスタグラムで真相が語られることはついになかった。※女性セブン2020年7月23日号
2020.07.08 14:55
女性セブン
『はなまるマーケット』という番組が残した功績とは?(左から斎藤哲也さん、薬丸裕英さん、岡江久美子さん、久保田智子さん。時事通信フォト)
岡江久美子さん『はなまるマーケット』がTV史に残した功績
 4月23日、女優の岡江久美子さんが新型コロナウイルスによる肺炎のため亡くなった。63歳だった。突然の訃報に驚きと悲しみの声が広がっている。岡江さんが薬丸裕英とともに司会を務めた午前帯の『はなまるマーケット』(TBS系)は、日本のテレビ史を変える大きな役割を果たしたという。テレビ史研究家でライターの岡野誠氏がその功績を振り返る。(文中敬称略) * * * 1996年9月の開始当時、午前中のワイドショーは芸能ニュースや事件をメインに扱っており、生活情報に焦点を当てる番組は異例だった。『はなまる』は当初、視聴率3%台の日も珍しくなく、薬丸は「半年で終わる。“つなぎ”だからと言われた」とのちに明かしている。しかし、年が明けると、6%台を記録するようになり、徐々に波に乗っていく。 そして1998年5月26日、従来の常識では考えられないことが起こる。各ワイドショーが前日に電撃挙式をした松田聖子を大々的に取り上げる中、『はなまる』が節電をテーマに放送すると、当時歴代最高の11.1%(ビデオリサーチ調べ/関東地区。以下同)を叩き出す。日本テレビ『ルックルックこんにちは』10.5%、テレビ朝日『スーパーモーニング』8.4%、フジテレビ『ナイスデイ』6.6%と、他局を抑え同時間帯トップに立ったのだ。 松田聖子のニュースバリューが下がっていたわけではなく、前日の午後2時台のワイドショーでは視聴率が倍増しており、26日の朝のワイドショーも前週に比べ、数字が上がっていた。前日から、どのチャンネルでも同じような内容を取り上げていたため、『はなまる』の需要が増したのだろう。 同番組は生活情報を伝える『とくまる』、ゲストとのトークコーナー『はなまるカフェ』、エプロン姿で一般主婦が参加する『クイズママダス』を軸に、岡江と薬丸のコンビが絶妙な進行を見せ、その後も安定した視聴率を残していった。 番組開始当初、娘が中学1年生だった岡江は朝5時に起き、弁当を作り、家事をしてからスタジオ入りしていた。女優だからといって一段高く構えることなく、庶民的な姿勢が画面から滲み出ていたため、視聴者がついてきたのだろう。放送1000回を迎えた頃、岡江はこう話していた。〈優しさや愛が根本にある番組を作っていきたい。これを見て、前向きな、はなまるな午後が送れたらいいですね〉(2000年8月18日 朝日新聞) 不況の実感が増し、日本に閉塞感が漂い始めた1990年代後半から2000年代にかけて、お得な情報を届け、暖かい雰囲気のある『はなまる』は時代にマッチしたのかもしれない。この番組の成功によって、他局のワイドショーは芸能や事件だけでなく、生活情報なども幅広く取り上げるようになった。 長年、高視聴率を維持してきた『はなまる』だが、2010年に異変が起こる。NHKが連続テレビ小説(通称・朝ドラ)の時間を15分早めて8時に繰り上げ、8時15分から生活情報番組の『あさイチ』をスタートさせた。すると、朝ドラの視聴率が回復し、『あさイチ』への視聴の流れを作った。そのため、8時30分開始の『はなまる』は視聴者を奪われる形となった。 2013年11月6日の放送で番組終了を発表した後、岡江はスタッフにこう声をかけたという。「終了ではなく、ゴールだと思うよ。一日一日精いっぱい情報を伝えていこう」(2013年11月19日・読売新聞) 卒業という安易な言葉を使わず、終了と落ち込むわけでもない。長寿番組の残り5か月を“ゴール”と的確に表現し、スタッフを鼓舞した。誰よりも、岡江自身が“優しさや愛”を根本に持っていたのだ。最終回、岡江は「ゴールを迎えられてホッとしています。17年半の思い出を忘れることはありません」と涙ながらに語った。『はなまるマーケット』は午前帯に新風を吹き込み、芸能情報一辺倒のワイドショーを変えるテレビ史に残る番組だった。1996年9月30日から2014年3月28日まで17年半に渡って司会を務めた岡江久美子さんの功績は計り知れない。●文/岡野誠:ライター、テレビ史研究家。著書に『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)。本人や関係者への取材、膨大な一次資料、視聴率などを用いて分析した同書は鈴木智彦著『サカナとヤクザ』、山田ルイ53世著『一発屋芸人列伝』などとともに『本の雑誌』2018年ノンフィクション部門ベスト10入り。
2020.04.24 16:00
NEWSポストセブン
母の介護について語る岡江久美子
岡江久美子さんコロナで死去、はなまる後の日々と母の介護
 女優の岡江久美子さんが4月23日朝、新型コロナウイルスによる肺炎のため、亡くなったことがわかった。享年63。岡江さんは4月3日に発熱し、容態が悪化して都内の病院に入院。ICUで治療を受けていた。『はなまるマーケット』で長年MCを務めた彼女に、女性セブンは昨年、“はなまる後”の生活について話を聞いていた。ここに再掲載する──。 * * * 50才を過ぎると10人に1人以上が親の介護問題に直面する。しかし、多くの人が何の心構えもないままの状態で介護が始まってしまうという現実がある。だからこそ“先輩”の経験談は重要だ。94才の母親を看取った彼女は、どんな介護生活を送って来たのだろうか。「母が亡くなったのは2018年のことです。94才でした。家族としては『大往生』なんて言葉はあまり使いたくないんですけど、本当にその通りでしたね。すぐ近くの施設に預けさせてもらっていたので、そろそろという状態で電話がかかってきて、急いで駆けつけました。私が着いたら、もう、すぐに…。顔も穏やかで、温かかった」 記者の問いかけに、岡江久美子はゆっくりと語り始めた。肌は白くてツヤツヤで、豊かな黒髪が光り、とても“オーバー60”には見えない。なんといっても目立つのは、明るく晴れやかな表情だ。「岡江さんは今、趣味のゴルフを頻繁に楽しんだり、ドラマのオファーを積極的に受けたりと、私生活も仕事もとても充実しているようです。おそらく人生の大事なイベントをいろいろ終えたからでしょうね」(芸能関係者) 2014年3月に薬丸裕英とのコンビで17年間にわたって続けてきた、朝の人気情報番組『はなまるマーケット』(TBS系)が終了。それからの5年あまりを、岡江はどんなふうに過ごしてきたのだろうか。「『はなまる』の終了は、岡江さんからの降板希望が発端でした。番組としては“岡江さんと薬丸さんが揃っての『はなまる』だったので、片方が降板するなら続ける意味がない”ということで、そのまま終了することになった。当時、岡江さんは90才になるお母さまの介護を抱えていて、“もっと母の側にいてあげたい”というのが理由でした。お父さまはその10年ほど前に亡くなっていて、以来、岡江さんはひとり暮らしになったお母さまのお世話を続けていたそうです」(別の芸能関係者) 岡江の知人は当時のことをこう話す。「岡江さんは『はなまる』で忙しいにもかかわらず、毎日、隣家に住むお母さんに食事を作りにいっていました。夫の大和田獏さんがお母さんと手をつないで、散歩をすることもありました。近所の人から声をかけられると“リハビリで散歩しているんですよ”なんて話していたそうです。 娘の美帆ちゃん(大和田美帆)も介護士の資格まで取って、おばあちゃんの面倒を見ていました。両親が忙しかったので、あの子は“おばあちゃんに育てられた”と言えるくらいのおばあちゃんっ子ですからね。まさに家族ぐるみで介護をしていたんです」 その後、岡江の母は認知症を発症。しばらくして近所にある有料老人ホームに入ったという。「老人ホームに移ってからも、岡江さんは毎日のようにお母さんに会いに行っていました。美帆ちゃんもしょっちゅうお見舞いに行って、『今日はおばあちゃんと話せた』『今日は何もわからなかった』と話していました」(前出・知人)◆もっと旅行に連れて行ってあげればよかった 岡江にとって、母の介護の“心強い助っ人”であった美帆も、心配の種の1つだった。 美帆は、岡江が『はなまる』を降板した直後の2014年6月に、高校時代からの友人である一般男性と結婚。翌年9月には長女を出産したが、それには大きな困難が立ちはだかっていた。「美帆さんは2013年に多嚢胞性卵巣症候群という診断を受け、担当医に『妊娠しづらい体』だと宣告されていました。それを乗り越えての妊娠、出産で、担当医には『奇跡ですね』と言われたそうです。それだけに、岡江さんにとって初孫の誕生は心の底からうれしかったでしょうね」(別の知人) 美帆の出産のちょうど1週間後にイベントに出席した岡江は、美帆が里帰りで実家に戻ってきていることを明かし、「朝昼晩の食事作りは最後の子育てだと思ってやっている。ちょうど朝の番組を終わって落ち着いて、この時期に孫ができて恵まれた」 と満面の笑みを浮かべていた。「岡江さん、みんなにお孫さん誕生の喜びを話していましたけど、介護についてはほとんど知らせていませんでした。『はなまる』終了後とはいえ、お母さまの介護に里帰りの娘の面倒と、あの頃はかなり大変だったはず。それでもいつも笑顔で何の苦労もないように見せる。どうやって乗り切っていたのかと思います」(前出・別の知人) 2017年11月に母親は他界。その1年後、美帆が離婚。慌ただしい日々は続いた。岡江はどうやって家族の転機を乗り越えたのか。後悔はないのか。なぜ笑顔でいられるのか──。「今、振り返ると“もっと旅行に連れて行ってあげればよかった”とか、もっとできたんじゃないかなって思うことはあります。後悔というか…でも、介護生活を終えてわかったのは、やりきった、満足したって、なかなか言えないんじゃないかって」──大変な介護だったと聞きました。「晩年は認知症が進んでいましたしね…乗り越えられたのは、以前の母の元気な姿を覚えているからです。その頃のことを思い出しながら介護にあたっていました」──介護で大切なことは何でしょうか。「介護は、やりきった、満足したと言えるのが難しいぶん、頑張りすぎてしまう人がいる。ひとりで抱え込んでしまい、結果的に家族を巻き込んで共倒れになっちゃうケースがあります。私は自分の経験から、プロに頼んで分担するというのは重要だと思っています。 私の母の場合、施設の人たちが本当によくしてくださった。自分の家族のように接してくださって、お葬式では施設のかたがワーッて泣いてくれたんです」──どんな葬儀だったのでしょうか。「家族葬でした。生前、母から“葬儀は派手にしないでほしい”と言われていたので、母の希望通りにしました。お経は読まない音楽葬です。母の好きだった曲から私が選んで流しました」 話し終えると岡江は、茶目っ気たっぷりの表情でカメラマンに、「どうしよう、スッピンで。恥ずかしいなぁ…どうせなら、もっと明るいところで撮ってほしいわ~!」と言うと、照れ笑いを浮かべながら背筋を伸ばした。そんな彼女を隣で大和田が笑顔で見守っていた。※女性セブン2019年5月23日号
2020.04.23 16:00
NEWSポストセブン
盛大な「お別れの会」に多くの人が駆けつけた
ジャニー喜多川さん、意味深な誕生日会写真を読み解く
「ジャニーさん、ハッピーバースデー!」。50人近い所属タレントがそう声をそろえたかと思うと、手拍子をし、体を揺らしながら、『ハッピーバースデートゥーユー』を歌う。 その中心にいたのは、ジャニー喜多川さん(享年87)だった。大きなバースデーケーキを前に、ジャニーさんは、はにかみながらもうれしそうな表情を浮かべ、それまでの人生を振り返り、「八十何年生きてきて、今日がいちばん楽しい」と口にした。 その言葉を聞いて、タレントたちもうれしそうに笑う。タレントをわが子のように愛し、タレントからは父のように慕われた関係は、まさに唯一無二のもの。 大型スクリーンに映し出されたその映像は「お別れの会」の「関係者の部」に出席した約3500人に、絆の強さを見せつけるものだった。参列者の1人が言う。「まさか、ここまでの会になるとは思っていませんでした。プライベートの映像も用いて裏方に徹してきたジャニーさんの人物像、功績を参列者に伝えようという意図がしっかり伝わってきました。何より、ジャニーさんとタレントたちの素顔を初めて見ることができました」 9月4日、ジャニーさんのお別れの会が盛大に営まれた。会場となったのは東京ドーム。お別れの会の場として使われるのは今回が初めて。案内状のない人でも参列できる「一般の部」にも約9万人が詰めかけて生前をしのぶという、史上最大の規模となった。◆北島三郎、カズ、黒木瞳らも参加 ジャニーズ事務所と袂を分かつことになったタレントの参列はどうなるのかと取り沙汰されたが、多くが姿を見せていた。44年前に電撃移籍した郷ひろみ(63才)、シブがき隊の薬丸裕英(53才)と布川敏和(54才)、ジャニーズの黎明期を支えた光GENJIの大沢樹生(50才)、佐藤寛之(48才)、赤坂晃(46才)。KAT-TUN時代に解雇された田中聖(33才)など30人以上がジャニーさんに「さよなら」の言葉をかけた。「薬丸さんは、仕事があったのか開始時刻には間に合わなかったようで、遅れて会場入りしていました」(スポーツ紙記者) ほかにも、黒柳徹子(86才)と久米宏(75才)の『ザ・ベストテン』コンビや、北島三郎(82才)や武田鉄矢(70才)、泉ピン子(72才)に和田アキ子(69才)といった大御所も駆けつけていた。「サッカーの三浦知良さん(52才)も参列しました。フランスW杯直前で代表メンバーから外された時、メディアにもみくちゃにされると心配したジャニーさんが自分の所有するマンションを“隠れ家”に使っていいよと言ったほどの仲。奥さんのりさ子さん(51才)も一緒に来ていました」(前出・参列者) 元タカラジェンヌの姿もあった。「大地真央さん(63才)と黒木瞳さん(58才)は会場で待ち合わせをしていたようで、『待った?』などと言葉を交わし、隣同士に腰掛けて、ジャニーさんとの思い出話に花を咲かせていました」(別の参列者)◆中居が中央で笑う意味深な写真 会は定刻の11時に始まった。会場に『ネバー・マイ・ラヴ』が流れる。「ジャニーズ」のデビュー曲として用意されたものの、他者によって世に知らしめられ、その後、ジャニーズタレントたちがカバーしてきた名曲だ。 曲に聞き入っていた参列者たちが驚いたのは、スクリーンに映し出された映像だった。「映像は、ジャニーさんの跡を継いで裏方に回った滝沢秀明さん(37才)が制作したもの。長さは10分間ほどで、東山紀之さん(52才)によるナレーションがつけられていました」(芸能関係者) ジャニーさんがプロデュースしたコンサートや舞台の映像の後に、冒頭のシーンに移った。貴重な肉声が残されていたその映像は、3年前のジャニーさん、85才の誕生会のもの。ジャニーさんが近藤真彦(55才)と中居正広(47才)に手を取られながら歩く姿も見られた。「映像の中央で中居さんは笑って映っていました。当時はSMAPが解散することを発表した後のことだったので、貴重な写真を流すんだとびっくりしました。しかも、SMAPのほかのメンバーは映っていない。事務所に残った木村拓哉さん(46才)の姿もありません。なんとも意味深な写真でした」(前出・芸能関係者) その日も実は、微妙な距離感だった2人。一部では、中居と木村は「緊迫だった」、「目も合わせていなかった」と報じられた。「近藤さんの挨拶の時のことを言っているのだと思います。タレントたちは2列になって、グループ単位で固まりましたが、基本的に年功序列で内から外の順に並んでいました。 近藤さんの脇を植草克秀さん(53才)と佐藤アツヒロさん(46才)が固め、植草さん側に岡本健一さん(50才)と中居さん、佐藤さん側に木村さんが並びました。錦織一清さん(54才)は仕事で欠席でした。2人の間に4人いましたが、あくまで“ルール”に則った並び順でした」(前出・スポーツ紙記者) ただ、緊張感のようなものはあったという。「SMAP解散以来、一緒に仕事をしていない2人が、ほんの少しの距離を置いただけで、同じ空間にいるわけですからね。この会はすべてをオープンにすることによって、ジャニーさんと“子供”との絆を表したかったのでしょう」(前出・芸能関係者)※女性セブン2019年9月26日・10月3日号
2019.09.12 16:00
女性セブン
ジャニー喜多川氏の「お別れの会」には多くのファンが訪れた(写真:時事通信フォト)
成田昭次が「お別れ会」に参列 男闘呼組の復活望む声も
 9月4日、東京ドームでジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長の「お別れの会」が行なわれ、事務所を離れたOBも多数参加した。芸能関係者が話す。「OBの中には郷ひろみを始め、シブがき隊の薬丸裕英、布川敏和といった今もテレビでよく見る人もいれば、光GENJIの赤坂晃やKAT-TUNの田中聖といった、過去に不祥事のあった人たちも来場しています。なかでも、今回1番のサプライズは、男闘呼組の成田昭次でしょう。後ろめたい気持ちもあるはずなのに、出向いたことで関係者も喜んだのではないでしょうか。ちなみに、前田耕陽も午後の部に関係者入口から入場したそうです」 男闘呼組は岡本健一、高橋一也、成田、前田のメンバーで1988年にデビュー。ジャニーズ事務所では珍しいロックバンドで、『DAYBREAK』『TIME ZONE』などをヒットさせ、『NHK紅白歌合戦』にも2度出場した。しかし、1993年に突然の活動休止が発表される。 夏のツアーを控えていたにもかかわらず、事実上の解散となり、さまざまな憶測が流れた。その後、成田はソロアルバムを出したり、別のバンドを組んで活動したりしたが、2009年に不祥事を起こし、それから10年、消息が途絶えていた。「今はSNSがあるので、テレビで見掛けなくなっても芸能人の動向が把握できるようになりました。しかし、成田はSNSをやっていないので、本当に何をしているのかファンも掴めなかった。今年の5月に、ジャニーズ事務所に今も残っているメンバーだった岡本健一が男闘呼組の主演映画『ロックよ、静かに流れよ』の公開30周年記念特別上映会で、成田昭次からのメッセージをファンに伝えた。これが久しぶりの話題になったくらいです」(同前) お別れ会の際に撮った成田昭次を含めたOBの集合写真を、忍者の正木慎也がツイッター上にアップするとファンから喜びの声が上がった。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』でジャニーズ事務所の歴史も多角的に分析している芸能研究家の岡野誠氏が話す。「男闘呼組はメンバーもファンも不完全燃焼で終わってしまった。別れの挨拶もできないまま、26年が経ってしまった。いろんな事情があるのでしょうけど、間違いなくジャニーズ事務所の一時代を飾ったグループであり、再結成を望むファンもたくさんいるはず。もしメンバー個々の気持ちが揃うのであれば、これを機にせめて一度だけでもライブが実現したらいいなと思います」 ジャニーさんが引き寄せたキッカケから、男闘呼組の活動再開はあるか。
2019.09.07 16:00
NEWSポストセブン
「マーチングJ」の際は、ファン17万人が訪れた(時事通信フォト)
ジャニー社長のお別れ会、「一般の部」参列マニュアルの内容
「叱る時はとことん叱り、褒める時はとことん褒める。ジャニーさんなしでぼくの人生は語れない」――嵐の大野智(38才)は『24時間テレビ42』(日本テレビ系、8月24、25日放送)のジャニー喜多川さん(享年87)の追悼企画で、恩師との思い出を語った。「彼のようにジャニーさんへの感謝を胸に抱いている人は多い。それはジャニーズ事務所を離れたタレントたちも同じです」(芸能関係者) 9月4日、東京ドームでジャニーさんの「お別れの会」が行われる。会は2部制で、11時からが「関係者の部」、14時から20時までが「一般の部」になる予定だ。「関係者の部には事務所を辞めたタレントたちが出席予定で、彼らのもとにはすでに8月中旬に案内状が届いています。ただ、辞めた人たちはジャニーズJr.を含めるとあまりにも人数が多いので、レコードやCDデビューした後に辞め、連絡先がわかっている人に限られたようです」(スポーツ紙記者) 注目された元SMAPの香取慎吾(42才)ら3人は仕事のため欠席するという。「郷ひろみさん(63才)や田原俊彦さん(58才)、薬丸裕英さん(53才)、本木雅弘さん(53才)、赤西仁さん(35才)らは出席予定だそう。錚々たるメンバーが集結するので、マスコミ用に、出席したタレントを取材する会見場所が2つ用意されるそうです」(前出・スポーツ紙記者)「一般の部」には案内状のない人でも出席することができる。8月13日、「ジャニーズファミリークラブ」会員のもとに「お別れの会」の概要がメールで届いており、《所属タレントのイベントではございませんので、お別れを目的としていただける方にご参列いただけますよう、お願い申し上げます。なお、当日、タレントが参列する予定はございません》 の一文があった。テレビ局関係者が説明する。「ジャニーズタレントのファンも大多数のかたが参列するでしょう。“平服でお越しください”とありましたが、先日とり行われた“家族葬”にならって関係者は喪服あるいはダークカラーの装いで行くようです。家族葬の時は、所属タレントたちは《I LOVE HIROMU》と書かれたうちわを持っていました。うちわなどの関連グッズぐらいは持参しても許されるのではないでしょうか」 大勢のファンが訪れることが予想され、規格外の規模になるとされる。「前日まで関ジャニ∞が東京ドームでライブを行っているので、そのセットを生かし、メインステージに祭壇を作る予定だと聞いています。 ジャニーズ事務所は、2012年3月に東日本大震災に関する募金活動『マーチングJ』を東京ドームで行った実績があるので、それと近い方法での入退場になるといわれています。グラウンド中央に祭壇、その前に数十台もの献花台が並び、参列者は観客席からグラウンドに降り、逆サイドの観客席から出て行く。そんな形が想定されています」(前出・芸能関係者) 会場モニターにはジャニーさんが世に送り出したタレントたちの“特別な”映像も映し出されるという。「その日のために編集された映像で、楽曲は年代順ではなく、ランダムな構成になります。一般のかたがどのタイミングで会場に入ってきても、ジャニーさんの輝かしい実績が伝わるようにするためだそうです」(前出・芸能関係者) ジャニーさんのお別れ会は、過去に例のない壮大なものになりそうだ。※女性セブン2019年9月12日号
2019.08.29 07:00
女性セブン
絶好調の「新しい地図」の3人
ジャニー社長お別れ会 招待された退所組、出席を悩む人も
 9月4日に東京ドームで、史上最大規模で執り行われるジャニーズ事務所のジャニ―喜多川社長(享年87)のお別れ会の招待状が、各方面に届いていることが分かった。  ある芸能プロダクションの関係者は、「8月中旬までには、ゆかりのある関係者たちのもとに招待状が届いてきました。残り2週間を切りましたから、今は出欠の返信を整理して、出席者の席順などを決めている最中ではないでしょうか」と明かした。また、別のテレビ局関係者は「一体、どのタレントにまで招待状が届いたのか。ジャニーズを退所した人たちで、誰が参列するのかと、うわさが飛び交っています」と話した。 そんな中で元SMAPの稲垣吾郎(45)が8月20日、お別れ会の不参加を表明した。都内でウォルト・ディズニー・アーカイブス設立50周年記念コンサート「ウォルト・ディズニー・アーカイブス コンサート」の記者会見に登場して、「行きたいのですけれど、ちょうど舞台の2回公演があって…心の中で思っていたい」と話した。 関係者によると、稲垣と同じ「新しい地図」の香取慎吾(42)、草彅剛(45)も別の仕事があり欠席するという。  実は、「新しい地図」の3人には、招待状は届いていたという。テレビ関係者は「元KAT-TUN赤西仁さん(35)や元関ジャニ∞の渋谷すばる(37)にも届いたと聞きました。連絡先が分かる人のところには、可能な限り送られたのではないでしょうか」と話した。 では、一体、どれだけの元ジャニーズが参列するのだろうか。退所した人は、古くは郷ひろみ(63)、田原俊彦(58)、元シブがき隊の本木雅弘(53)、薬丸裕英(53)、布川敏和(54)、光GENJIの元メンバー、新しい地図の3人ら、かなりの人数にのぼる。 郷や薬丸ら、退所してからもジャニーズタレントと共演してきた人たちは、参列が濃厚。 芸能界ではケンカ別れやわだかまりを残して辞めた人でも、最後の別れとなるお別れ会や葬儀には出席するのが礼儀とされる。ただ、そうした人たちの中には、出欠を悩んでいる人もいるようだ。前出のテレビ関係者は「ジャニーさんを偲ぶ会なのに、自分たちが別の注目を浴びてしまったら良くないのではと考えている人も多いでしょう。招待状が届いたタレントはもちろん出席を願われているのでしょうが、どうするのか…」と言う。 さらには、元男闘呼組の成田昭次(51)や元光GENJIの赤坂晃(46)、元KAT-TUNの田中聖(33)ら、不祥事を起こして表舞台から遠ざかっている人たちは、参列するのか。中には消息が分かりづらい人たちもいるが…元ジャニーズJr.を含めると、総勢は数千人になる。まさに今、かつてのファンたちは、解散したグループのメンバーの再会のシーンに思いを馳せている。 いずれにしても、史上初めて東京ドームで営まれるお別れ会は、参列者は1万人を超える、前代未聞のスケールになる。お別れ会は2部制で、午前11時からは「関係者の部」、午後2時から8時までが「一般の部」となり、第2部には多くのジャニーズファンも駆け付けることになる。 1989年1月に光GENJIが初めてコンサートを行ってから30年。通算366回もジャニーズのイベントを行ってきた“聖地”東京ドームで、カリスマは盛大に見送られる。
2019.08.21 16:00
NEWSポストセブン
母の介護について語る岡江久美子
岡江久美子が告白、「はなまる」終了後の生活と母の介護
 50才を過ぎると10人に1人以上が親の介護問題に直面する。しかし、多くの人が何の心構えもないままの状態で介護が始まってしまうという現実がある。だからこそ“先輩”の経験談は重要だ。94才の母親を看取った彼女は、どんな介護生活を送って来たのだろうか。「母が亡くなったのは一昨年のことです。94才でした。家族としては『大往生』なんて言葉はあまり使いたくないんですけど、本当にその通りでしたね。すぐ近くの施設に預けさせてもらっていたので、そろそろという状態で電話がかかってきて、急いで駆けつけました。私が着いたら、もう、すぐに…。顔も穏やかで、温かかった」 記者の問いかけに、岡江久美子(62才)はゆっくりと語り始めた。肌は白くてツヤツヤで、豊かな黒髪が光り、とても“オーバー60”には見えない。なんといっても目立つのは、明るく晴れやかな表情だ。「岡江さんは今、趣味のゴルフを頻繁に楽しんだり、ドラマのオファーを積極的に受けたりと、私生活も仕事もとても充実しているようです。おそらく人生の大事なイベントをいろいろ終えたからでしょうね」(芸能関係者) 2014年3月に薬丸裕英(53才)とのコンビで17年間にわたって続けてきた、朝の人気情報番組『はなまるマーケット』(TBS系)が終了。それからの5年あまりを、岡江はどんなふうに過ごしてきたのだろうか。「『はなまる』の終了は、岡江さんからの降板希望が発端でした。番組としては“岡江さんと薬丸さんが揃っての『はなまる』だったので、片方が降板するなら続ける意味がない”ということで、そのまま終了することになった。当時、岡江さんは90才になるお母さまの介護を抱えていて、“もっと母の側にいてあげたい”というのが理由でした。お父さまはその10年ほど前に亡くなっていて、以来、岡江さんはひとり暮らしになったお母さまのお世話を続けていたそうです」(別の芸能関係者) 岡江の知人は当時のことをこう話す。「岡江さんは『はなまる』で忙しいにもかかわらず、毎日、隣家に住むお母さんに食事を作りにいっていました。夫の大和田獏さん(68才)がお母さんと手をつないで、散歩をすることもありました。近所の人から声をかけられると“リハビリで散歩しているんですよ”なんて話していたそうです。 娘の美帆ちゃん(大和田美帆・35才)も介護士の資格まで取って、おばあちゃんの面倒を見ていました。両親が忙しかったので、あの子は“おばあちゃんに育てられた”と言えるくらいのおばあちゃんっ子ですからね。まさに家族ぐるみで介護をしていたんです」 その後、岡江の母は認知症を発症。しばらくして近所にある有料老人ホームに入ったという。「老人ホームに移ってからも、岡江さんは毎日のようにお母さんに会いに行っていました。美帆ちゃんもしょっちゅうお見舞いに行って、『今日はおばあちゃんと話せた』『今日は何もわからなかった』と話していました」(前出・知人)◆もっと旅行に連れて行ってあげればよかった 岡江にとって、母の介護の“心強い助っ人”であった美帆も、心配の種の1つだった。 美帆は、岡江が『はなまる』を降板した直後の2014年6月に、高校時代からの友人である一般男性と結婚。翌年9月には長女を出産したが、それには大きな困難が立ちはだかっていた。「美帆さんは2013年に多嚢胞性卵巣症候群という診断を受け、担当医に『妊娠しづらい体』だと宣告されていました。それを乗り越えての妊娠、出産で、担当医には『奇跡ですね』と言われたそうです。それだけに、岡江さんにとって初孫の誕生は心の底からうれしかったでしょうね」(別の知人) 美帆の出産のちょうど1週間後にイベントに出席した岡江は、美帆が里帰りで実家に戻ってきていることを明かし、「朝昼晩の食事作りは最後の子育てだと思ってやっている。ちょうど朝の番組を終わって落ち着いて、この時期に孫ができて恵まれた」 と満面の笑みを浮かべていた。「岡江さん、みんなにお孫さん誕生の喜びを話していましたけど、介護についてはほとんど知らせていませんでした。『はなまる』終了後とはいえ、お母さまの介護に里帰りの娘の面倒と、あの頃はかなり大変だったはず。それでもいつも笑顔で何の苦労もないように見せる。どうやって乗り切っていたのかと思います」(前出・別の知人) 2017年11月に母親は他界。その1年後、美帆が離婚。慌ただしい日々は続いた。岡江はどうやって家族の転機を乗り越えたのか。後悔はないのか。なぜ笑顔でいられるのか──。「今、振り返ると“もっと旅行に連れて行ってあげればよかった”とか、もっとできたんじゃないかなって思うことはあります。後悔というか…でも、介護生活を終えてわかったのは、やりきった、満足したって、なかなか言えないんじゃないかって」──大変な介護だったと聞きました。「晩年は認知症が進んでいましたしね…乗り越えられたのは、以前の母の元気な姿を覚えているからです。その頃のことを思い出しながら介護にあたっていました」──介護で大切なことは何でしょうか。「介護は、やりきった、満足したと言えるのが難しいぶん、頑張りすぎてしまう人がいる。ひとりで抱え込んでしまい、結果的に家族を巻き込んで共倒れになっちゃうケースがあります。私は自分の経験から、プロに頼んで分担するというのは重要だと思っています。 私の母の場合、施設の人たちが本当によくしてくださった。自分の家族のように接してくださって、お葬式では施設のかたがワーッて泣いてくれたんです」──どんな葬儀だったのでしょうか。「家族葬でした。生前、母から“葬儀は派手にしないでほしい”と言われていたので、母の希望通りにしました。お経は読まない音楽葬です。母の好きだった曲から私が選んで流しました」 話し終えると岡江は、茶目っ気たっぷりの表情でカメラマンに、「どうしよう、スッピンで。恥ずかしいなぁ…どうせなら、もっと明るいところで撮ってほしいわ~!」と言うと、照れ笑いを浮かべながら背筋を伸ばした。そんな彼女を隣で大和田が笑顔で見守っていた。※女性セブン2019年5月23日号
2019.05.11 07:00
女性セブン
堀ちえみが82年組同窓会を希望、明菜への連絡係は小泉今日子
堀ちえみが82年組同窓会を希望、明菜への連絡係は小泉今日子
《たくさんの励ましの、お言葉を頂き、ありがとうございました。私にとって大きな励みとなり、勇気を持って手術室に向かう事が、出来ました》 2月26日、堀ちえみ(52才)がブログにそう感謝の言葉を綴った。22日に都内の病院で11時間にわたる舌がんの大手術を無事に終え、集中治療室から一般病棟に戻ったという。 ステージIVの舌がん。自覚症状から6か月たっての手術では、頸部リンパ節を除去してから舌の6割を切除し、太ももの組織を採って舌の再建手術を行った。今後は、完治を目指して放射線や抗がん剤による治療が行われる。《このまま治療せずに人生の幕を閉じてもいいのかな》とあきらめかけた堀を思いとどまらせたのは、高校1年生の末娘をはじめとした7人の子供たちだった。「“お母さんは病気ばかりの人生でかわいそう”と泣かれ、かわいそうな母親というイメージを残したまま死ぬことはできないと闘病を決意したそうです。闘病に打ち克つために“82年組の仲間と同窓会をしたい”と言い出したのは堀さん自身。そしてみんなはすぐに連絡を取り合った」(芸能関係者) 舌がんをブログで公表する前に、堀は早見優(52才)にはがんであることを打ち明けていた。「同期と会いたい」と言う堀の言葉を聞いて、早見はすぐに薬丸裕英(53才)に連絡を取った。 小泉今日子(53才)、中森明菜(53才)、松本伊代(53才)、石川秀美(52才)、本木雅弘(53才)、布川敏和(53才)、三田寛子(53才)、原田知世(51才)、そして、堀、早見、薬丸ら1982年にデビューした同期組の絆は強い。揃いも揃って大物アイドルとして人気を博し「花の82年組」と呼ばれた。「歌番組で毎日のように顔を合わせるうえに、控え室も一緒。まるで学校のクラスのようでした。交際は厳禁でしたが、段ボール箱の荷物にまじって入りこっそり抜け出したり、変装したり、仲間同士で口裏を合わせたり…外で遊べない時は、誰かの自宅で飲むことも多かった。いろいろ苦労も多かった分、結束力も強かったですね。早見さん、松本さん、石川さんらを中心に今もママ友会を開く仲ですよ」(ベテラン芸能記者) 82年組の現在の中心は石川と「同期婚」をした薬丸だ。薬丸は生放送の『バイキング』(2月21日放送、フジテレビ系)で、堪えきれなかったのか目を潤ませて「絶対復活してくれると信じている」と語った。「ちえみちゃんと妻の秀美ちゃんは同い年。子供の心配が絶えない中、彼女の気持ちを思うと同じ親として期するものはヤックンの中に当然あったでしょう。それに82年組同期の中でも、ヤックンとちえみちゃんは当時から2人でも遊びに行くほど仲がよかった。 当時、ヤックンはすでに秀美ちゃんとつきあっていて、交際を隠すためにわざとちえみちゃんと仲よくして、マスコミを煙に巻いていたともいわれていましたけどね。もちろん、嘘か本当かはさておき、ちえみちゃんのおかげで秀美ちゃんとの交際がバレずに結婚できたと聞いたこともあります。いろいろな意味で今でも恩に感じているんでしょうね。そんな同志の闘病にポーカーフェースではいられなかったんでしょう」(別のベテラン芸能記者) 薬丸は堀から「発表前に同期に知らせてほしい」ということと「同窓会をやりたい」ことを伝えられたという。「薬丸さんは責任感が強い。すぐに長らく疎遠になっていたというシブがき隊の元メンバーたちや小泉さんに連絡を取ったそう。みんな快諾したそうで、情報を共有しながら、堀さんの体調に合わせて同窓会を開くことになったそうです」(前出・芸能関係者) 連絡先がわからなかったのは明菜だけだったが、小泉が「たどれるかもしれない」と連絡係を請け負った。「一匹狼的な明菜さんが、いちばん信頼していたのは小泉さんだった。デビューの年、生卵事件があった。82年組が並ぶ武道館のステージに、興奮したファンが投げた生卵が小泉さんの顔面を直撃。その時、割れた卵で顔や衣装がぐちゃぐちゃになった小泉さんの元に明菜さんが誰よりも早く駆け寄り、手を引いて一緒に舞台裏に引っ込んだ。アイドルらしからぬ2人だったので、気も合ったんでしょう」(前出・ベテラン芸能記者) 明菜が1989年に自殺未遂騒動を起こして大手事務所を辞めた後も、小泉が2004年に離婚した時も、2人でお酒を飲むなど関係は続いていたという。堀がつないだ82年組の縁。そして今度は82年組の絆が堀の背中を押す。※女性セブン2019年3月14日号
2019.02.28 07:00
女性セブン
松本伊代、堀ちえみ、早見優
堀ちえみら「82年組」の絆 81年デビューの松本伊代も同期
 堀ちえみ(52)が自身のブログで、舌がんのステージIVであることを公表した。医師に宣告されるまでの経緯、子供に打ち明けるべきかのどうかの葛藤などを詳細に綴り、最後は「私は負けない!」と力強く誓った。 勇気ある告白に各方面から応援の声が相次いでいる。芸能記者が話す。「相当な覚悟のいる公表だったと思います。ちえみさんが素直な心境を綴ることで勇気づけられるがん患者の方もいるでしょうし、同じような症状に悩んでいる方は大きな病院できちんと検査したほうがいいと気付ける。誰だって、今は元気でも、いつ病気になるかわからない。ちえみさんの告白はいろんな“気付き”を与えてくれました」 芸能界からもコメントが相次いだ。同じ“82年組”と呼ばれる松本伊代や早見優、元シブがき隊の薬丸裕英、布川敏和、本木雅弘などがメディアやブログを通じて心境を届けた。 1982年といえば、他にも中森明菜や小泉今日子などのアイドルがデビューした豊作の年だった。『花の82年組アイドル』について、2月20日付の日刊スポーツではこんな説明がされている。〈アイドル全盛時代と呼ばれる80年代の中でも、特に82年にデビューをしたアイドルたちが隆盛を極めた。(中略)松本伊代(53)は81年末デビューだが、82年組とされている〉 たしかに、松本伊代は1981年10月に『センチメンタル・ジャーニー』でデビューしており、年で区切れば82年組ではない。前出・芸能記者が話す。「当時では常識的な話ですが、今の記者が疑問に思っても不思議ではありません。この頃の芸能界は『日本レコード大賞』などの賞レースに焦点を置いていた。それらにノミネートできる新人は“前年10月から当年9月までにデビューした歌手”でした。そのため、伊代さんは82年組と呼ばれます」 1982年、松本伊代は『日本レコード大賞』で新人賞(最優秀新人賞はシブがき隊)、もう1つの権威だった『日本歌謡大賞』で放送音楽新人賞を獲得している。 この年の新人賞争いは熾烈を極め、5名選出される『レコード大賞』の新人賞から中森明菜と小泉今日子が漏れたことはのちに語り草となっている。 堀ちえみは激しい賞レースを勝ち抜き、『レコード大賞』『横浜音楽祭』で新人賞、『FNS歌謡祭』『あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭』『KBC新人歌謡音楽祭』で優秀新人賞、『銀座音楽祭』で金賞、『新宿音楽祭』で銀賞、『ABC歌謡新人グランプリ』でアイドル賞とシルバー賞と、9つもの賞を受賞した。芸能界の荒波を潜り抜けてきた彼女は、“82年組の絆”を力に変えて、きっと病にも打ち勝ってくれるはずと信じたい。
2019.02.21 16:00
NEWSポストセブン
樹木希林さん葬儀、シブがき隊3人を引き合わせてくれた
樹木希林さん葬儀、シブがき隊3人を引き合わせてくれた
 2018年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞した『万引き家族』(是枝裕和監督)で老いと死を演じた女優の樹木希林さんが、大ヒットを見届けたかのようなタイミングで亡くなった。享年75。 1961年に文学座に入団後、1971年にフリーに。1974年に出演した『寺内貫太郎一家』(TBS)でおばあちゃん役を演じて人気を集めた。 気取らないユーモラスなキャラクターで親しまれ、活動の中心をテレビから映画に移した2000年代以降も多くの作品に出演。2018年の『万引き家族』ではカンヌ国際映画祭の最高賞「パルムドール」を受賞、演技力が世界で評価された。 2013年に「全身がん宣言」をした後も精力的に俳優活動を続けた。1973年に再婚したミュージシャン・内田裕也(79)とは、長く別居を続ける夫婦関係が知られた。9月15日死去。 娘婿の本木雅弘とともにアイドルグループ、シブがき隊メンバーだったタレントの布川敏和が、かつて樹木さんと共演した思い出を語った。「20年ほど前、ドラマ『味いちもんめ』で共演させていただきました。希林さんは、何も喋らなくても“その場”を持っていく人で、存在感が半端なかったです。衣装もテレビ局が用意したものではなく、すべて自前で通していらっしゃいました。希林さんの娘・也哉子さんが本木雅弘君と結婚したので、葬儀では本木君と薬丸裕英君、僕の3人が同じ空間にいた。希林さんが引き合わせてくれたのかなと思います」※週刊ポスト2018年12月21日号
2018.12.13 07:00
週刊ポスト
樹木希林さん告別式、どのように進んでいったのか
樹木希林さん告別式、どのように進んでいったのか
 9月30日、東京・光林寺で樹木希林さん(享年75)の告別式が開かれた。ミステリアスな魅力を持つ樹木さんだが、この日、娘夫婦によってその純粋さと気高さが明らかにされた。その生き様、心意気、残した言葉は私たちの人生をも変える。 嵐の直前の東京には、午前中から湿気を含んだ重たい空気が立ちこめている。その陰鬱さをかきわけるようにして、多くの芸能人が最後の別れを告げようとしていた。 彼らは、遠巻きに見守るファンの前を通り、一人ひとり、本木雅弘(52才)、内田也哉子(42才)夫妻と3人の子供らと言葉を交わしてから、本堂へと入っていく。その本堂の祭壇には、樹木さんが慈愛に満ちた微笑みを浮かべる遺影が掲げられていた。 告別式が始まり、読経が終わると、橋爪功(77才)がマイクの前に立った。樹木さんの出演した映画『万引き家族』の是枝裕和監督(56才)の弔辞を代読するためだ。是枝氏は『万引き家族』の公開挨拶日のことをこう綴っていた。《私の腕につかまりながら杖をついて壇上にのぼったその日、別れ際にこう言いました。“もうおばあさんのことは忘れて、あなたはあなたの時間を若い人のために使いなさい。私はもう会わないからね”》 すすり泣く声が響く中、参列者はじっと耳を傾ける。 橋爪に続いてマイクの前に進んだのは、その『万引き家族』でも共演していた安藤サクラ(32才)だ。海の向こうで新しい夫婦のあり方を模索してきたオノ・ヨーコ(85才)からの弔電を代読した。《樹木さん、このあいだニューヨークでお目にかかったばかりなのに、あっという間に旅立ってしまわれ、本当に残念です》 こう始まる言葉は途中から、残された内田裕也(78才)に向けられた。《どうせ死んでしまうんだからなんて思わないで》《ほかの人のためにも自分を大事に》。そうした言葉を、車椅子に座った内田は身じろぎもせず聞いていた。 この日、喪主の内田は一言も発していない。結婚後わずか1年で別居し、しかし、死がふたりを分かつまで夫婦であり続けた関係と同じように、どこかつかみどころのない感情が、胸の中を去来しているのだろうか。 内田が自席で焼香を終えると、本木と也哉子、3人の関係者、橋爪と吉永小百合(73才)が順に祭壇で焼香。その後、廻し焼香が始まった。それが終わる頃、喪主に代わり、也哉子が挨拶に立った。 暴れる内田を本木が殴って戒めたなどの“秘話”を明かしながら、母親不在の今後を憂いて、樹木さんに言われたこの言葉を胸に秘める。《おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい》 本木は告別式の直前に囲み取材を受け、樹木さんが孫に囲まれ、電話の向こうから「しっかりしろ」と「ありがとう」を繰り返す内田の声を聞きながら、安らかに亡くなったという「最期の時」を明かした。 也哉子の挨拶が終わると本堂の参列者が帰路につく。1人ずつ、祭壇に手を合わせ、遺族に一礼して帰って行く。 浅田美代子(62才)は誰よりも深く一礼。中居正広(46才)は遺族に一礼すると息を吐き、祭壇の樹木さんをじっと見つめた後、手を合わせた。薬丸裕英(52才)は祭壇に手を合わせた後、去り際に本木と目を合わせ、エールを送るようにうなずいた。 本木夫妻は1000人を超えるファンによる焼香が終わるまで、その場に居続けた。挨拶で也哉子は内田家を“奇妙な家族”と表現していたが、この日、家族の絆はさらに深まった。※女性セブン2018年10月18日号
2018.10.05 07:00
女性セブン
とんねるず後のフジ坂上忍番組 『爆報』と差別化できるか
とんねるず後のフジ坂上忍番組 『爆報』と差別化できるか
 フジテレビで『とんねるずのみなさんのおかげでした』など29年半続いたとんねるずの番組の後番組として、4月から木曜夜9時に『直撃!シンソウ坂上』がスタートした。19日の初回2時間スペシャルは視聴率8.7%(ビデオリサーチ調べ/関東地区)という結果だった。テレビ局関係者が話す。「2ケタいけば万々歳でしたが、最近のフジの中では及第点の数字。とんねるずの末期は5~7%くらいでしたからね。ただし、『バイキング』の初回が『笑っていいとも!』の後番組として注目されたように、長寿番組終了後の初回はそれなりの数字が出る。問題は2回目でしょう」 同番組は、〈世間を騒がせた「人・事件」の“今”に、坂上忍をはじめとしたジャーナリストリポーターたちが追跡&直撃し、真相を突き止めていく“ジャーナリズムバラエティー〉と銘打たれている。番組初回は1979年の三菱銀行立てこもり事件と、1980年代のトップアイドル『シブがき隊』のメンバーだった薬丸裕英に焦点を当てた。「坂上は子役時代から数えて芸歴47年と芸能界の酸いも甘いもよく知っており、司会としても適任。帯で『バイキング』を放送しており、いわゆるワイドショーネタとの親和性も高い。また、高樹沙耶や清水アキラなど2017年に芸能界を騒がせた人物に坂上自らが取材した昨年12月29日の『バイキング・ザ・ゴールデン』が視聴率9.1%を獲得。年末のゴールデン帯という激戦区で健闘したことも、レギュラー化を後押ししたようです」(同前) 2回目は、1980年代に暴力事件で波紋を呼んだ戸塚ヨットスクールの戸塚宏を取り上げる。芸能人が今まで話さなかったことを告白し、『あの人は今』のような特集もある。この切り口は、『爆報!THEフライデー』(TBS系)と似ているというのは、前出のテレビ局関係者だ。「『爆報』は週間視聴率ランキングで、毎週のようにベスト20に入る高視聴率番組。既に類似のレギュラー番組があってもおかしくなかったが、出演者を口説いたり、毎回目玉となる大物をブッキングしたりするのは、かなりの労力が必要なこともあり、これまでレギュラーに踏み切る局がなかった」(同前) くわえてフジには、編成上の別の狙いもあるのではないかという。「木曜に『直撃!シンソウ坂上』を持ってきて、金曜の『爆報』に影響を与えたいという意図も少なからずあるでしょう。同じような番組が連夜続けば、視聴者が飽きを感じることもありますから。ただ、仮にそのような戦略を考えているのなら、少し寂しい感じもします。他局のマネをするのではなく、新機軸の番組を打ち出してテレビ界を活性化してほしい。『直撃!シンソウ坂上』で取り上げる人物を見ても、今の主な視聴者層である40代以上を狙っていることは明らかで、目先の視聴率を奪いに行っている印象です。それが重要なのはよく分かりますが、フジは低迷している今だからこそ、冒険をできるはず」(同前) 高視聴率コンテンツができると、類似番組が増えて飽和状態になる。縮小再生産をしても、テレビ界は活性化しない。『直撃!シンソウ坂上』が『爆報!THEフライデー』にないオリジナリティを出せるかどうか、注目していきたい。
2018.04.25 11:00
NEWSポストセブン

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