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伊藤智仁の奪三振記録止めた篠塚「投げ急いでいると感じた」

 1993年6月9日、巨人が主催した初夏の北陸遠征。富山での初戦に大勝したヤクルト・野村克也監督は、続く金沢での試合前に、「高速スライダーで連勝だ」と、伊藤智仁の先発を示唆するなどご機嫌だった。

 新人・伊藤智は開幕から2か月で4勝。巨人戦では初先発ながら、高速スライダーを武器に三振の山を築いていく。巨人も門奈哲寛-石毛博史のリレーでヤクルト打線に点を与えないが、巨人打線は伊藤智の球にかすりもしない。9回2死までに伊藤智が奪った三振は16、あと1つ取ればリーグ新記録(当時)というところまで来た。

 打席には途中から守りに入っていた篠塚和典。古田はストレートのサインを出す。篠塚がその初球を強振すると、打球は低いライナーでそのままライトフェンスを越えた。まさかのサヨナラ本塁打は、狭い地方球場だからできた芸術的なバッティングだった。それまで完全に巨人打線を抑えていた男が投じた、150球目の悲劇であった。

 試合後、「いくら三振を取っても負けたら何もならん」という野村監督。伊藤智は次の神宮で巨人と対戦した時には、1-0の完封で雪辱を果たした。

 1993年6月9日、石川県立野球場で16奪三振の驚異の新人からサヨナラ本塁打を打ち、セ・リーグの奪三振記録「17」を阻止した篠塚氏が、あの日の試合を振り返った。

 * * *
 伊藤智仁の高速スライダーに、チームは三振の山を築いていた。ベンチスタートの私は戻ってくる選手から話を聞いたが、「横にスライドする球と縦に落ちる球の2種類がある」といい、特に左打者は「膝元に食い込んで来る球は一瞬視界から消える」と表現していた。金沢開催なので、ご当地出身のルーキー・松井秀喜の出場機会を窺っていたが、それどころではなかった。

 出番に備え、ストッパーの石毛が練習しているブルペンに行って打席に立たせてもらった。石毛はスピードもあり、スライダーが得意だったので、眼と体に速さを叩き込んでおこうと思ったのだ。もちろんこんなことは普段はやらない。それほど危機感があった。

 9回2死、私が三振すればリーグ新記録の17個目だということはわかっていた。伊藤が投げ急いでいると感じたので、投げる前に2回打席を外してタイミングを狂わせ、3回目の打席ではいつもやる2回のワッグルをしないで初球を強振した。打った瞬間に入ったと思った。

 ちなみにこの日は皇太子さまと雅子さまのご成婚の日でもあり、記念のバットにはそれが書き込まれている。

●篠塚和典/1957年生まれ。巨人の二塁手として活躍。首位打者2回、ベストナイン5回、ゴールデングラブ賞4回。

※週刊ポスト2013年10月11日号

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