――先ほど、人生は競争ではない、とありました。しかし現実には受験、入社試験、昇進試験など、人と競争しなければいけない場面が多くあります。こうした中をどう生き抜けばよいのでしょうか。
岸見:確かにこの社会に競争はあります。が、当然ですが、競争だけではありません。アドラーが競争と並べて使う言葉が「協力」です。協力を知っている人は、必要があれば競争もできますが、競争しか知らない人に、協力はできない。競争だけに生きないために、対人関係に「協力」を持つことが重要です。
最近カウンセリングなどを通じて感じるのは、自己中心的な若者が増えているなということです。ある人は、横断歩道を渡っていると、信号待ちをしている車の運転手がじろじろ見てきて困る、と訴えました。自意識過剰ですね。少子化ということもあって、いま子供は親の愛情をたっぷり受けて育ちます。家庭で子供は常に中心的存在。だから大人になっても、中心でいたい、いられるはずだと思う。
しかし大人になるというのは、注目されなくなることです。アドラーは共同体への所属感は必要だと説きますが、それは中心にいることとは違います。中心でなくなることもまた「普通であることの勇気」を持つことであり、そういう自分を受け入れることで、新しい人生が始まるのです。
■プロフィール 岸見一郎(きしみ・いちろう)
哲学者。1956年京都生まれ、京都在住。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学や哲学の執筆・講演活動、そして精神科医院などで多くの「青年」のカウンセリングを行う。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。訳書にアルフレッド・アドラーの『個人心理学講義』『人はなぜ神経症になるのか』、著書に『アドラー心理学入門』など多数。『嫌われる勇気』では原案を担当。
■撮影/山崎力夫