木屋はまず、この状況を学生ボランティアで通った百道の孤児院にいる双葉の弟〈ケン坊〉に伝えに行く。戦災孤児や炭鉱孤児らを受け入れる〈みその苑〉に暮らすケン坊は、口はきけないが利発で賢く、姉との連絡係を快諾してくれた。が、東京に潜伏中の川内を訪ねた木屋は、後をつけてきた田宮の子分と遭遇。格闘の末、何とか川内と身重の双葉を逃がすのだった。
以来、田宮と木屋の間には奇妙な共犯関係が生まれ、〈みそのライオンズ〉の監督やコーチとして大下や稲尾共々、爽やかな汗まで流すようになるのである。
「博多に九大のボランティアが関わった孤児院があったのも本当なら、大下さんが自宅を開放して子供たちに野球を教えたのも本当の話。今ならイチローの家に上がり込むようなものですが、彼は幼い頃に苦労したからか、〈大人の世界のきたなさ〉にいい意味で敏感なヒーローだったと思う。
そうした実話はあるとして、実在の人物にここまで勝手な台詞を喋らせていいのかとは、僕も悩みました(笑い)。ただ歴史小説の中の信長が何を言ってもいいように、昭和33年の西鉄は既に、時代小説だと思うんです。当時の博多を僕は鬼平等々が歩く深川と同じように感じ、大下も稲尾も信長級の歴史的ヒーローだと考えれば、自由に活躍させてもいいんじゃないかと」