◆メディアからの死亡宣告
ブリタニーとダンは、脳腫瘍に対してどんな治療が存在するのかを、隅から隅まで徹底的に調べたという。
「彼女は、自分を哀れむ時間さえ持たず、病気と闘おうとしていました」
ダンは、亡き愛妻を語る際、ひとつひとつの単語に気を遣っていた。特に、彼女の姿勢を表す形容詞については、慎重に言葉を選んでいるようだった。
2014年1月11日に手術を終えたブリタニーは、医師から退院を言い渡された。対症療法的な手術だったが、この時点で、医師は余命が3~5年は残っていると推測していた。しかし、2か月後、さらなる試練が襲う。腫瘍が拡大し、脳腫瘍の中でも最悪な膠芽種(こうがしゅ)と診断された。医師は、ついに患者に明言した。
「あなたの余命は6か月です」
ブリタニーが「尊厳死」の決意を固めたのは、この瞬間だった。彼女は、集めた資料と、自らの症状─頭痛、吐き気、不眠、痙攣発作─を照らし合わせていくうちに、惨めな最期を想像した。知り合いの父親も、同じ症状で苦しんで死んだことが頭にあったからだ。
地元カリフォルニア州では不可能な尊厳死を叶えるために、2人は、そこから1000kmも離れたオレゴン州に移住する。2014年5月から暮らし始めたポートランドのアパートでは、病状は次第に悪化し、痙攣発作が30分ほど続くことがあった。舌を噛んで出血することもあり、視力も日ごとに低下していった。彼女はダンによくこう言った。
「惨めな終わり方をしたくない。愛する人々に囲まれて私は死にたい……」
闘病生活を送る人々の中には、時折、苦痛に耐えかねて自殺を図るケースもある。アメリカに来るまでに知り合った欧州の多くの安楽死・自殺幇助の専門医は、私に「自殺するよりはましな方法」として、安楽死があることを教えた。安楽死が叶う前に、苦しみに耐えかねて自殺をしたベルギー人女性の話も前号に記した。だからこそ、ダンに念のため訊いておきたいと思った。