ブリタニーの死後、ダンは、亡き妻の死が無駄にならぬよう、カリフォルニア州だけでなく、全米を駆け巡り、尊厳死法の制定に向けた演説に明け暮れた。彼は現在、尊厳死擁護団体の顧問を務め、愛妻と同じ状況に置かれた患者が同じ苦しみを味わうことがないよう、活動を続けている。

 家の外には、ダンを迎えにきた車が待っていた。約束の1時間があっという間に過ぎて、次のテレビ収録の時間が迫っているものの、私との会話を延長した。さらに、私を近場の駅に送ると言ってくれた。

 ダン、あなたはこれからもブリタニーを思い続けて生きていくのですか。ジャーナリストというよりも、一人の男として訊いてみたかった。私は、「失礼」と断りを入れたが、ダンはむしろ好意的に答えを返してきた。

「今でも、私は彼女を愛おしく思っている。ブリタニーのことを考えるだけで、力が湧いてくるんです。この廊下に飾られている多くの写真を見る度に、私は自然に微笑んでいますから……」

 彼女は、死ぬ数週間前に撮影したビデオで、涙ながらにこう語っている。

「私は、夫に家族を作って幸せになってもらいたい。私が言うのも変ですけど、私のことばかり考えて残りの人生を生きてもらいたくない」

 ダンの今後を気にかけている仲間たちもいる。彼らは、友人女性らを紹介する、と声をかけてくる。だが、ブリタニーが去って、まだ2年弱。

「彼女たちに会って、話をしてみることぐらいは悪くない。でも、まだ分からないですね。とりあえずは、自然の成り行きに任せようと思っています」

 時折、ダンの姿勢に、今後、尊厳死法を他州に広めるための政治的な匂いを感じたこともあった。

 亡き妻への愛を聞くにつれて、そうした疑問とは違う部分で彼を理解し始めていた。私と4歳しか違わないダンは同じ男として立派であるし、彼が闘志を燃やして成し遂げた「愛妻との約束」には感銘を受ける。しかし、私の場合、生死を問う問題に対して闘志のみ貫いて理性を失ってはならない。そのことは、肝に銘じている。

「申し訳ない。収録に間に合いそうもないので、やっぱり、ここから帰る手段を見つけてくれませんか?」

 大丈夫ですよ、ダン。ウーバーがありますから。ワイシャツにジャケットを引っ掛けたダンが、黒いキャデラックの後部座席に乗り込むと、「それではまた」と言って、手を振った。車は、ブォーンと音を立てて消えて行き、1人残された私は、ブリタニー邸の玄関前に腰を下ろし、ウーバーをクリックした。

(文中敬称略)

【PROFILE】宮下洋一●1976年、長野県生まれ。米ウエスト・バージニア州立大学外国語学部を卒業。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論とジャーナリズム修士号を取得。主な著書に『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』など。  

※SAPIO2016年10月号

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