もっとも梢さん、最初は女将さんに松田さんを紹介したみたいです。梢さんのことは『こず、こず』と呼んで驚くほど優しかった親方ですが、あれだけ周囲には怒鳴る父親だから、いきなり彼氏を紹介するのはやっぱり怖かったのかな。それにしてもあの親方に堂々と挨拶できるなんて、松田くんも男気を見せたというか、肝が据わってますね」(千代の富士をよく知る角界関係者)
2015年6月、九重親方にがんが見つかる。緊急手術を受けたものの、今年7月上旬、体調は目に見えて悪化した。最後の気力を振り絞り、周囲に「娘の誕生日までは、踏ん張る」と語っていた。
梢の誕生日は7月27日。親方は集中治療室に運びこまれ、意識がほとんどなくなっても、土俵際でギリギリまで粘り、梢の29才の誕生日を病室で祝った4日後に旅立った。悲しみにくれる秋元に寄り添ったのは松田だった。
「仕事の合間に病室を訪れた秋元さんに、お父さんは『おれのところに来るくらいなら、仕事をやりなさい』と声をかけたこともあったそうです。父親の姿を見て、動揺する秋元さんを、翔太くんは近くから励まし続けました。最近、仕事中でも秋元さんに電話している翔太くんの姿がよく見かけられていました。彼女のことを、心配してたんでしょうね」(前出・知人)
親方の闘病中から、ふたりの関係はより親密になったようだと、ふたりを知る知人は振り返る。
夜風に冬の訪れが強く感じられた11月中旬の週末のことだ。細身のデニムに黒のブーツ、赤いセーターの上に黒のロングコートを着込み、黒縁のメガネをかけた秋元は、都内の寿司店で食事をしていた。その席が終わるとすぐ、マスクをかけ、ひとりタクシーに乗り込んだ。
途中でスーパーに立ち寄って食材を買い込んだ後、車は近くのマンションに向かった。そこは、松田の住むマンションだった。翌日の昼前、秋元は松田のマンションまで迎えに来た車に乗り込み、ラジオの生放送の収録へと向かった。
※女性セブン2016年12月1日号