「千石さんの著書『父とは誰か、母とは誰か』を読んでまさに目から鱗が落ちた僕は、博多まで彼に会いに行った。確か1987年ごろです。
その後、僕は〈結婚ってなんだ、良心を麻痺させる淫行の場ではないのか〉という苦言も入っている千石さんの本『隠されていた聖書―なるまえにあったもの』を1992年に作った。その時はもう荒木経惟さんのパーティで神藏と何度か会っていて、本も渡したんじゃないかな。
僕はいつも〈この人とセックスしたい〉という欲望で動いてしまい、関係を持ったら持ったでつい情が湧いて別れられなくなるんです(苦笑)。でもその情こそが真実の愛から人を遠ざける〈悪魔のしわざ〉なんだと千石さんに教えられた。そして何より嘘の一切ない神藏と出会ったことが、結果的に自分を大きく変えてくれたと今は思います」
「嘘は人間を弱くする」と末井氏は言う。借金を妻に隠し、愛人たちとも別れられない自分に嫌気がさした彼は、〈好きな人がいる〉と言って妻のもとを突然去る。49歳だった。やがて部屋を借り、神藏氏と住み始めるが、坪内氏は〈美子ちゃんはアーティストなんだから好きにすればいい〉〈神様はいるんだね〉と彼女を送り出したというから驚く。
「何か裏があるのかと思ったけど、違ったんですね。坪内さんは彼女を表現者として認めていて、もうその時点で敵いっこありません。
結婚してからも7、8年はギクシャクして、嘘がない分、自分を全部さらけだす神藏に、僕は話せることがなくなっていくんですよ。彼女に嘘は言えないから。正直な彼女は〈恋愛したい〉と言いだしたこともあって、相手は劇団・毛皮族の江本純子さんと銀杏BOYZの峯田和伸くんだから完全な片思いなんだけど、だったら僕は妻・かの子の奔放さを許した岡本一平になればいいんでしょと言ったりね。
転機は10年前、僕が大腸癌になったこと。整理整頓は苦手なはずの彼女が手術の成功を祈った願掛けで家をピカピカにしていたり、癌になって双方の心に変化が起きたのは良かったです」