下馬評では大山優勢と見られていたが、いざ対局が始まると場内の雰囲気が一変、見物するプロ棋士たちの顔が青ざめたという。
〈実際に目にした盤面は、私の想像以上だった。これがあの大山名人かと目を疑いたくなるほど、小池に圧倒されているのだ。完全に小池の将棋だった〉(前掲書)
わずか86手で、大山が「ありませんどうも」とつぶやき投了。対局室は静寂に包まれた。小池は後に対局の内容を聞かれ、こう答えたという。
「将棋って、こう指すもんだろう?」
◆最後に負けた棋士
将棋ファンに大きな衝撃を与えた小池だが、ついに生涯プロ棋士になることはなかった。『将棋世界』元編集長の作家・大崎善生氏が言う。
「当時の小池氏はアマ名人2連覇中で、いくら大山名人とはいえ角落ちのハンデは無理があったのではないかと思う。心理戦を得意とし、対局中はものすごく威圧感があるけど、終わって棋譜を眺めると『あれ、何でこんな弱い手に負けたの』と驚く棋士が多かったといわれています」
受けの達人として名高い大山でさえ、アマチュア棋士だった小池に短手数で敗れるのが将棋の世界だ。そんな“紙一重の勝負”に小学校低学年から触れていたからこそ、藤井四段の強さがあるのかもしれない。