◆生物・化学兵器の特徴

 化学兵器の特徴は大量殺戮が可能ということである。その規模は核兵器にも匹敵する。

 例えば、20メガトンの水爆で直接被害を受ける面積と5トンのサリンによる被害面積は同等である(広島に投下された原爆は15キロトン)。理論的には、核兵器の100分の1程度の費用で、同等の効果の兵器の製造が可能である。

 今年2月13日にマレーシア発生した金正男暗殺事件で使用されたVXガスの致死量は約4ミリグラムで、第二次世界大戦後にイギリスで開発された人類が作った最も毒性が強い物質である。

 一方、生物兵器の特徴は、製造が容易で核兵器や化学兵器よりさらに安価で製造でき、致死性が高いことである。

 例えば、ボツリヌス菌が作り出すボツリヌス毒素の毒性は、VXガスの1000倍~1万倍といわれており、ボツリヌス毒素1グラムは約100万人の致死量に相当するといわれている。

 バルーンの短所は、風向きなど天候による影響が大きく、タイマーを使ってもどこに落下するか分からないという点だが、長所として安価で大量に製造することが可能であることが挙げられる。つまり、精度の低さを量でカバーするわけだ。

 筆者は実物のバルーンを手に取ってみたことがあるが、バルーン本体はビニールハウスで使うようなビニールで、特殊な工具も必要なく手製で製造でき、材料も簡単に調達できるものであった。

◆「地下鉄サリン事件」の教訓

 弾道ミサイルは迎撃ミサイルで破壊できるが、レーダーにほとんど映らないバルーンを日本海上で撃ち落とすことは困難である。

 北朝鮮が弾道ミサイルによる先制攻撃を行うことは考えにくい。「東京を核ミサイルで攻撃する」と脅すかもしれないが、言葉での脅しに過ぎない。弾道ミサイルの使用は、金正恩体制崩壊に直結するような米軍による大規模な報復攻撃を招く危険があるためだ。

 しかし、弾道ミサイルの使用に踏み切る前に、バルーンやテロによる「攻撃」を行うことは十分に考えられる。

 ソウルの地下鉄駅のホームには、防護マスクなど、駅構内で化学兵器が使用された場合の装備が常備されている。韓国は1995年3月20日に発生した日本の「地下鉄サリン事件」の教訓から、当事者である日本よりも真剣に対策を講じており、韓国軍による地下鉄駅での除染訓練なども行われている。

◆日本の対応

 VXガスを世界で最初に使用したのは日本のオウム真理教である(1995年1月4日に東京都港区で発生したオウム真理教信者による殺人未遂事件)。金正男暗殺事件は世界で二例目となる。

 金正男暗殺の実行犯の女性2人の裁判がマレーシアで行われているが、暗殺に関与した北朝鮮の関係者は事実上、無罪放免となっている。このため、VXガスをマレーシアに持ち込んだ方法など、事件の全容解明は不可能となった。まさに北朝鮮の思惑通りに進んでいるわけである。

 日本で北朝鮮による要人暗殺事件が起きることは考えにくいとしても、VXガスが何らかの形で持ち込まれる可能性はある。

 2012年に北九州市内の暴力団の「武器庫」から、対戦車攻撃などに使うロシア製のロケット・ランチャーがロケット弾付きで見つかったことがある(「日本経済新聞(電子版)」2017年4月13 日)。

 ばら積み貨物船の貨物の中に紛れ込ませる形で国内に持ち込まれたとみられているが、北朝鮮が第三国経由で少量の生物・化学兵器を持ち込むことは、対戦車ロケットよりも容易だろう。

 要人暗殺に使用するのなら貨物船で運搬することになるのだろうが、「無差別攻撃」に使用する場合の最も容易な手段はバルーンとなる。

 化学兵器によるテロに関しては、オウム真理教の例にみられるように日本はまさに当事者なのだが、自衛隊による都心での除染訓練を行っているわけでもなく、ほとんど無防備のままだ。

 生物・化学兵器の散布や、地下鉄での使用を未然に防ぐ手段がない以上、これらが使用された場合の対応策を確立しておく必要があろう。大袈裟に思われるかもしれないが、韓国で取られている対応策は日本でも必要となるのではないだろうか。

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