◆ダメなやつは何度生き直してもダメ
2度目の人生では亜美子と結婚。『ブラック・キングダム』を作者より先に発表し、一躍人気作家となるが、亜美子の体にも次第に飽き、以前〈貧乏の、成れの果てね〉と話した安アパートに住む淑子と再会したことで、江川の心はさらに揺れる。そして再び過去へと戻ることを決意するのだった。だが彼が、妻子を救うべく生き直しを重ねるほどかえって人生は先細り、元の世界を覚えているふうでもあった淑子のひたむきな愛もまた、失われてゆくのだ。
「僕は自分が生きなかった自分に興味もないし、必ずよく生き直せると思うほど楽観的でもない。『クチュクチュバーン』や『ハリガネムシ』でも書いたように、人類はいつ何時でもエログロに転びうる醜く恐ろしい存在だと思ってますから。
だからこそ今こうやって本を出してもらえる環境は大事にせなあかんと思う。普通は原稿用紙に何か書いたら、ただの汚れですよ。そこに原価以上で買う価値を付与する能力がもし自分にあるなら、その能力を1滴残らず使い果たして今死にたいと思ってる。結局今できないことは10年前に戻ってもできないし、ダメなやつは何度生き直してもダメやいうことです」
〈書くという営みは、一種の熱病なのかも知れない〉とかつて記した江川はやがて小説自体書かなくなり、味気ない回遊を繰り返す。そんな彼の転落劇は、人生は一度きりだからこそ輝き、私たちはその事実に救われてもいることを、おかしくもホロ苦い形で突き付ける。
【プロフィール】よしむら・まんいち/1961年松山生まれ。京都教育大学卒。高校教師や支援学校教諭を経て、2001年『クチュクチュバーン』で第92回文學界新人賞を受賞しデビュー。2003年『ハリガネムシ』で第129回芥川賞、2016年『臣女』で第22回島清恋愛文学賞。『バースト・ゾーン』『ボラード病』『虚ろまんてぃっく』等の他、初コミック『流しの下のうーちゃん』も好評。写真は芥川賞作家・玄月氏が営む南船場の文学バー・リズールにて。172cm、67kg、B型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/三島正
※週刊ポスト2017年11月17日号