◆待ち受ける困難の壁

 しかし、スペースXの2023年の月旅行計画には数々の壁が待ち受けている。

 まず、BFRはまだ開発中にすぎない。しかも、これまでファルコンロケットで使っていたケロシンを燃料とした「マーリン・エンジン」とは全く違い、液体メタンを使う「ラプター・エンジン」をゼロから完成させなくてはいけない。

 さらに、もっとも困難な壁は、これまでスペースXは国際宇宙ステーションに物資を運んだりしてきたが、有人飛行は一度もやったことがないという点だ。人を安全に宇宙空間に運ぶにはこれまでとはケタ違いの安全性が要求され、スペースXにとっては未知の挑戦となる。

 しかし、スペースXの挑戦はいつも常識の壁との戦いだった。

 創業当初は「ベンチャー企業に宇宙開発は無理だ」と言われた。小さなロケットエンジンを束ねて大きなひとつのロケットのように扱うファルコン9の設計思想は、「そんなものでは失敗する」と批判された。

 マスク氏が「ロケットでも、自動車やテレビのように量産することでコストは10分の1に安くできる」と発言すると冷笑され、「ロケットを再利用してコストを劇的に削減する」と言ったら、「出来っこない」とバカにされた。

 そもそも、「人類を火星に移住させる」というマスク氏の考えは何年もの間、世間から本気にされてこなかった。

 しかし、そんな「出来ない」の連呼をはねのけマスク氏率いるスペースXは偉業を成し遂げてきた。数々の失敗を乗り越えて一段目ロケットの再利用に成功し世界中を驚かせたのである。

 スペースXは、2017年に、これまでのロケット回収の失敗を集めた動画を公開したことも紹介しておこう。この動画からは、技術者たちがいかに失敗を恐れないか、その心意気さえ感じ取れる。

 グーグル創業者のラリー・ペイジはイーロン・マスクについてこう言っている。

「今、経営者も政治家も目先の小さなゴールにとらわれている。そんな時代こそ、マスクはもっとみんなから真似されるべきだ」

 とりわけ今の日本は、些細なことに目くじらを立てるくせに、大きな問題は知らん顔をしている。そんな風潮を吹き飛ばすような挑戦的なメッセージがスペース X のサイトに躍っていた。

〈スペース X は、人々が不可能だと思う任務を成し遂げる会社である。われわれの目指すゴールは無茶苦茶に野心的だ。だが、私たちはそれを実現する〉

 スペースXの月旅行の先には火星が待ち受けている。果たして、マスク氏は未来の先導者になることができるか、それとも“変人”で終わるのか。

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