医師が抱えるリスクへの配慮もある。
「家族が延命治療を望んでいるのに、“本人がこう思っているんだから、おしまいにしましょう”とは言えません。あとになって家族から“治療をしてほしいと言っていたのに、無視された”と訴訟になってしまう可能性があります」(同前)
尊厳死宣言には医療従事者に対する免責事項が組み込まれることがほとんどだ。家族などからの民事責任(損害賠償請求)に加え、犯罪捜査や刑事訴追の対象とはせず、責任を問わないでほしい旨の記載がされる。
過去には、実際に医師が刑事責任を問われたケースもある。1998年11月、神奈川の川崎協同病院で呼吸器内科部長だった女性医師は、気管支喘息の重積発作で極度の呼吸困難状態にあった患者から、気道確保のための気管内チューブを外した。患者が上体をのけぞらせて苦しみだしたため、鎮痛剤と筋弛緩剤を投与したところ、患者は息を引き取った。
殺人罪に問われたこの医師は2007年2月に、高裁で懲役1年6か月、執行猶予3年の判決を受け、2009年12月に最高裁が上告を棄却したことで、刑が確定した。
2006年には、富山県の射水市民病院で入院患者の人工呼吸器が取り外され、50~90歳の7人が死亡していたことが明らかになった。取り外しを行なったとされたのは外科部長だった。
「医師は家族や本人との合意のもとで止めたと主張。しかし警察は殺人として捜査を進めた。結局不起訴となったが、長い時間がかかった。その間、医師は“殺人容疑者”です」(山王メディカルセンターの医師・鈴木裕也氏)