書斎にて

◆僕はいつも第一発見者

 健康を回復し、新聞連載のための海外取材もできるようになった後で取りかかったのが、「父と子」がテーマの「流転の海」だった。

「流転の海」に描かれる時間の中で、「泥の河」や、「螢川」など宮本氏がのちに書くことになる小説の核に出会っていることもわかる。

「大阪の、川と川にはさまれた中之島のはじっこで育って、毎朝、家の下を通るポンポン船の船長と会話をかわした。富山での生活や、尼崎のけったいな集合住宅で暮らした思い出。全部、人生のガラクタみたいなものやけど、そのガラクタがどれだけポケットに入っているかが作家にとっては大事なんやと思います」

 第五部『花の回廊』で、いわくありげな人々が集まる尼崎の集合住宅で暮らすようになった伸仁が、何か事件が起こるたびに居合わせるのも印象深い。

「あれ、ほんまのことなんです。『不思議な星廻り』というやつで、なぜか僕は目撃者か発見者になってしまう。近所の交番のお巡りさんに、『またおまえか!』とよう言われましたね。実際には事件はもっとたくさん起こってるんですけど、全部書くと小説っぽくなりすぎるので、厳選して3つだけ書いてるんです」

 目撃者になるのもひとつの才能だろう。奇妙な隣人の暮らしぶりを両親に事細かく語って聞かせる伸仁の姿に、のちの作家の片鱗が見られる。「流転の海」は、父の没落と入れ替わるように少年が作家へと成長していく物語としても読める。

 自分が知っているものをすべて伝えたいと、父はまだ幼い息子を能や歌舞伎、落語などにも連れて行った。

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