◆小説で父の仇を討つ
熊吾は戦前、中国との貿易で成功して財を築くが、日本が戦争に突入し、敗戦ですべてを失う。焼け跡の大阪で、進駐軍の将校を抱き込み、自動車の中古部品販売業で再起を期す。
同じ頃、4人目の妻である房江との間に、あきらめていた子どもを授かる。「俺は、この子が二十歳になるまで生きているだろうか」。祈りにも似た問いが熊吾の胸にきざす。
「もし両親が『流転の海』を読んだら? 『こんな恥ずかしいこと書いて』って叱られたでしょうね。でも小説ですから。フィクション8割、本当にあったことが2割と思ってください。
『流転の海』は、歴史上の人物でもなんでもない、名もない人々が戦後をどう生きたかの小説です。『小説でおやじの仇を討ったる』と思ったこともあるけど、結局のところ、熊吾、房江、伸仁の3人は狂言回しで、無名の庶民の生老病死をめぐる壮大な劇を描いたんだと思います」
並みはずれて愛情深い父親でありながら、荒ぶる神のような熊吾を中心に物語は進むが、次第に房江の存在感が増してくる。不幸な生い立ちのせいで先の心配ばかりしてアルコール依存症になる房江だが、夫の裏切りを知って自殺未遂を起こした後は、生まれ変わったようにたくましくなる。2人のキャラクターには、現実の両親の性格が反映されているという。
宮本氏は、小説の伸仁と同じ、昭和22年生まれ。いわゆる団塊の世代だ。病弱で、両親に溺愛されて育ち、父の事業の失敗で一時期を富山で暮らしたり、父の妹のもとに預けられたりしたのも小説の通りだ。